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「鍵の交換依頼が入ったから」
悟は顔にかかるほど伸びた癖毛を器用に避けながら、返事のあいまにもスプーンを口に運ぶ手を止めない。
小川もチョコレートを口に放りこんだ。
「うちのは、今度売りだすつもりの菓子を試す食してもらいに友だちのところへ行ったんだけどさ。きっと喋ってばかりで、ちゃんと味わってるのか怪しいもんだよ」
まいるよなと言いつつ、悟を見て眉間にシワを寄せた。
「二代目、そろそろ髪の毛切ったほうがいいんじゃないか? 客商売なんだしさ」
ごま塩頭を短く刈った小川からすれば、髪の毛で顔を覆うようなスタイルは接客には向かないと言いたいのだろう。だからといって、その言葉に従うつもりもないが。
「仕事中は帽子あるんで大丈夫です。それから、俺はそんな名前じゃないです」
悟はあまり強く聞こえないように言うと、ドライカレーを食べ終えて、ぐびっと水を飲む。これ以上は聞かない、という意思表示のつもりだ。
「その話なんだけどさ……」
悟の思惑とは裏腹に、小川はきっかけを見つけたとばかりに身を乗り出してくる。
そのとき、ドアベルの音とともに賑やかな声が店内に響いた。
「あ、則夫さん見っけ! 福子さんが探してましたよ」
現れた天久基が、長い足を活かして、あっという間に近づいてくる。
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