本当に望むもの

4/10
前へ
/62ページ
次へ
 温かいお茶で少し落ちついた悟は、基のただならない様子や、神社で出会った露天商の話をした。  自分と生き写しのような姿を思い浮かべるだけで苦しくなる。でもそれは、家族も同様だったらしい。  父親と妹は顔を歪め、母親が泣きだした。  悟は下を向き、歯を食いしばって耐えた。 「もしかして、もと君はわざと、さと兄とその人を会わせたのかも」  一番に衝撃から立ち直った茜が、冷静な意見を口にする。  その声に、悟は顔をあげた。 「そうかもしれない。迷わずあの店に向かったようだったし。あらかじめ知ってたのかも」  そして様変わりするほど苦しんでいたのだ。そう思うと、初めて目にした男の存在より基のことが心配でたまらない。 「だとしても、それが基にとって何の意味がある。その人物がどこの誰かも、俺たちは知らないんだ」  父親も会話に加わってきた。  あえて、男のことを見ず知らずの人間だと強調している。憶測のままでは基の気持ちを推し量ることはできない。  しかし、言葉とは裏腹に父親の強面には苦しみが貼りついていた。  その瞬間、悟のなかで「自分は息子として大切に育ててもらったのだ」という事実がすとんと腑に落ちる。  さらに、基の存在がかけがえのないものだと考えているのが伝わった。  だから、皆が苦しいのだ。  悟は大きく息を吐いた。 「俺、基と話してみるよ。言いたくても言えないことを抱えてる気がする。きっと俺にしか言えないことだろうから」 「大丈夫なの?」  母親が縋るように悟を見る。悟がいま以上に傷つくのでは、と心配している目だ。  大人になった息子を、それでも案じてくれるのが肌をとおして沁みこんでくるようだ。 「うん、大丈夫だと思う。無理なときは今日みたいに逃げてくるよ。でも基が苦しんでるのは俺もつらいから、頑張ってみる」 「俺たちがいるのを忘れるな」  父親の言葉に、悟は力をこめて頷き返す。  でもこれは誰にも任せられないのだ。自分で決めて自分がやるしかない。  縮みあがりそうになる気持ちを、必死で鼓舞した。
/62ページ

最初のコメントを投稿しよう!

50人が本棚に入れています
本棚に追加