50人が本棚に入れています
本棚に追加
翌日はどんよりとした曇り空だった。
薄暗い通りは歩く人も少なく、山一金物店も閉店時間にはさっさとシャッターをおろす。
「よし、行くか」
拒まれては元も子もないから、あらかじめ連絡はしていない。
基はまだ帰っていないだろうが、何時間でも待つつもりだ。鞄屋の前を避けるように遠回りして、アパートに向かった。
基が父親と険悪になってから、彼の両親とはなるべく会わないようにしている。自分の顔を見るとおばさんは悲しそうだし、おじさんは眉間にシワを寄せるからだ。
「なんで、こうなっちゃたかな……」
知らないうちにかけ違えたボタンを、向い側から見ている気分だが、それを直すのは本人でなければ意味がない。
悟自身も失敗しながら学んでいる途中だ。基にもそれを伝えたい。
基とは親の都合で一緒にいることが多かったから、必然的に仲良くなったと思っていた。だけど別々の時間が増え新しい人間関係を築いても、思い出を分かちあいたいのは基だった。
代わりはいない。
だから、自分は悲しさや悔しさから逃げだす以外の道を探したい。できれば一緒に。基はどうだろう。
単身者向けのアパートは、一棟に四戸だけの立方体みたいな建物だ。まるで巨人のサイコロみたいだなと、そぐわないことを思う。
悟は横一列に並んだドアの、右から二番目の前に立った。「んっ?」ドアポストに空室のステッカーが貼られている。
部屋を間違えたかと記憶を探るが、ちょうど隣人が帰ってきたので尋ねてみた。
「すいません! ここに住んでる背の高い男、越したんですか?」
コンビニ袋を下げた男は「あぁ、不動産屋が来てたからそうかもね。わからんけど」と、面倒くさそうに言って部屋のなかに消えた。
まさか……。スマートフォンを取り出して基に電話をかける。仕事中なら出ないかもしれないと思ったが、通話は強制的に切断された。
慌てて鞄屋に向かって走る。そこにいてほしいと願うが、それは叶わないだろうとも感じていた。
最初のコメントを投稿しよう!