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「会えなきゃ、なんにも聞けないじゃん!」
茜の感情的な声が耳をつく。妹が憤っているのは、悪い気はしないが不思議だ。
いい年をした兄貴のことなど構わずに、自分の幸せを考えればいいのに。
でも、悟だって逃げ回りながら振り返ってきた。後で茜が泣いていないか、いつも気になっていた。泣くようなタイプではなかったが。
茜に友だちができて周辺が静かになったとき、物足りない気がしたのをふと思いだした。
茜の隣で肯いている母親の顔には、落胆と安堵が見てとれる。心配続きで痩せた体をこわばらせていた。
基の口から何が出てくるのか気を揉んでいただろう。大丈夫だよと、うまく伝えられるといいのだが。
ショックを受けても傷ついたりはしないから。受ける傷より大きなものを、たくさんもらっているから。父さんと母さんと茜から。そして基から。
悟のなかで気持ちが固まった。
「ちょっと話したい……」
こそっと耳打ちすると、父親は目顔でわかったと知らせて立ち上がる。
「あら、夕飯の準備が途中だわ。茜も手伝って」母親が、突然思いだしたように言ってキッチンに立った。
「お腹空いたよ」妹も調子を合わせ、こちらには知らん顔をしてくれた。
父親がミニテーブルの前で窮屈そうに胡座をかく。ここは作りつけの収納を除けば六畳ほどだ。セミダブルのベッドとデスクを置けば余裕はない。
悟が引き取られてすぐに与えられた部屋で、最初の頃は基がしょっちゅう泊まりにきていた。基がいない日は父親が一緒に寝ていた。
悟をひとりきりにしない配慮だったのだと、いまさら思い知る。悟が一人寝をできるようになってからは、親子喧嘩をした基が逃げこんできた。
「なんか、いろいろ考えてるんだけど」
おもむろに話し始める。
どれもこれも憶測の域をでない事ばかりで、正直、考えるのもしんどい。これまで自分の考えを主張せずにきたのだ。裏返せば、主張する必要もないくらい与えられてきた、という意味だが。
悟はそれらを受け取りながら、自分には何かを考える資格もないと思ってきた。
でもいまは、考えずにはいられなかった。
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