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「基は俺と一時的に離れるつもりじゃないかと思うんだ。電話番号は生きてたし、おばさんたちにも何も言ってないみたい。明日、仕事場にも行ってみるけど、そのうち戻るんじゃないかと思う」
「それは、おまえの希望か?」
「ははっ、そうだね。俺の希望。金輪際会えないなんて許せないからね。すぐにでも帰ってきてもらわなくちゃ」
父親の目が少しだけ細められる。悟は一気呵成に話し続けた。
「でも、ただ待っているのは我慢できないから、できることをしようと思ってる。あの露天商を探すつもり」
「なに……」
「まずは神社に行って聞いてみる。こっちの名刺を出せば連絡先くらいはわかるかもしれないし」
「おい、待て」
強い調子で遮られて、びくっと震える。
「うちの名刺を見せれば警戒心が薄れると思ったのか? 商売につながるかもと相手に思わせて聞きだすのか」
「あっ……」
父親は肯いて続ける。
「俺は見栄っ張りだし、下心もある浅ましい人間だ。だけどな、だからこそ思ってることがある」
珍しく多弁な父親の前で、悟は姿勢を正した。
「欲しいものがあるなら、それ相応に何かを差し出すもんだ。時間か、金か、自分自身か」
父親の目は、節くれだった自分の両手を見ている。
「例えばだ、金を稼ぎたけりゃ、時間がかかるし疲れもする。のんびりしてれば実入りはそこそこだ。楽しむのにも元手はいるし、何より元気でなくちゃいけない。皆、大事なもんを守るためにその時々で選んでるんだ。そういうもんだと思ってる」
根源的な感覚の話のようだが、なんとなくわかる気がした。
カタチの有無にかかわらず、何かを得るためには相応の何かが必要なのだ。
「自分のほしいもののために、相手の時間をタダで使うのはずるくないのか。本当に人を探すなら本職に探してもらうのはいい。そのために金を払うんだからな。その金は、おまえが自分の時間と体を使って稼いだものだ」
悟は素直に非を認めた。
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