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「ほんとにそうだね。名刺を出されれば仕事関係だと勘違いされてもしかたない。その後で個人的な用件だったなんて詐欺まがいなやり口だ。そんなこともわからないなんて、俺はほんとにばかだよ」
「ふだんのおまえとは違うからな。基のことになれば、おまえも冷静ではいられないということだ。しかたない」
「えっ? そうかな。いつもの俺とは違うのかな」
「それだけ基が大事だということだ。だからしかたない、と言ってる。ところで、露天商に会ってどうするつもりだ」
父親がいきなり切りこんできた。
「あー、どうする気もない。事実確認だけはするつもりだけど。他人の激似なのかどうか。鑑定まではいらないけどね。なんとなく」
「なんのために」
畳みかけられる言葉は、悟の内心を暴こうとするかのようだ。
「基が俺とその人を会わせた理由が知りたいから。その人が何を考えようと、それは俺には関係ない。平気ではないけど、今まで関わりのなかった人だし、会うつもりもなかったみたいだからね。俺を見てすごく驚いてた」
深刻に聞こえなければいいと思った。
嘘は言っていないが、父親の視線に晒されると緊張する。露天商の顔を思い浮かべるだけで震えそうになるのを、いまは気取られたくなかった。
「そうか」父親の声から険しさが消えた。
「基が俺を苦しめようとするはずがない。だから事実だけ知っておきたい。そのうえで基と話したいんだ。それで……」
悟は一呼吸おいて、今度はしっかりと目を合わせた。
「基がここに戻るのがつらいなら、俺も出ていく。通えるなら金物店の仕事は続けたいけど。さっき父さんが言った大事なもんっていうのは、そういうことだよね」
「悟……」
「俺は店も父さんたちも大事だ。それは本心だよ。でも……」
「わかった。それなら、なるべく早く会えるようにしないとな。その先のことはそれからだ」
父親は即断するように言って、見つめ返してきた。息子の決断を受けいれてくれる。それに対して自分は何を返せるだろう。
悟はごくんとつばを飲んだ。
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