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母と母と、母
悟は翌日からさっそく行動を開始した。
「私用に使った時間はきっちり給料から差っ引くから、気にしなくていい。俺もまだ現役だ」
何でもないという顔をする父親に店の仕事を頼み、商店会で受けている役目だけはきっちりとやる。それを約束して、まずは基の職場へ出かけた。
おしゃれに興味のない悟には敷居の高い場所だったが、セレクトショップの男性オーナーは気さくな態度で接してくれた。
「ここんとこ、ずっと調子悪そうだったから休めって言ってたんだけど、半端に休むのは迷惑かけそうだから辞めるって言うからさ。急遽だけど辞めてもらったの。こっちが後釜探す都合も考えたんだと思うな。カッコいいし、センスよくて客もついてたから、元気になれば戻るのもありだからな、って伝えたんだよ」
悟の考えは、いささか楽観的すぎたらしい。基は仕事も辞めており、すぐに戻ってくる可能性は低そうだ。
「あいつの私物がロッカーにあるから持ってってくれない? 捨てるのも気が引けてね」
「はい……」
悟は渡された本の背表紙に驚いた。
体型別、年代別のコーディネート集や、小物アレンジといった仕事に直結しそうなタイトルに混ざり、色覚異常に関する本があったのだ。呆然と手にした本を眺める。
「色弱だっけ? よく頑張ってるよな。仕事しててもこっちが忘れるときあったからな」
四十代くらいに見えるオーナーは、しきりに感心している。
「これ……天久の本なんですか?」
「そうだけど。え、知らなかった?」
悟は、どうもと頭を下げてそそくさと店を出た。
基からは何も聞いていない。ひょっとして、基が店を継げなかった本当の理由はこれなのでは。
おばさんに確認したいが、そうすると基の行方不明がバレてしまう。逡巡しながら自宅へと戻った。
「おばさん……」
なぜか自宅のリビングで、自分と基の母親が談笑している。
「おかえりなさい。待ってたのよ」
ふたりの母親の笑みに、悟は思わず身構えていた。
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