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「色覚異常……」
おばさんは悟が持ち帰った本を説明してくれた。基がアパートを退去していることは、すでに確認したらしい。
「悟くん、わかりやすい顔してたから」と笑われて返す言葉もない。まさか仕事も辞めているとは思わなかったらしいが。
「私の父親がそうだったから、基に遺伝的な異常がでたの。しんどいこともあったけど、本人は悲観していなかった」
すべての色がわからないわけではない。判別しにくい色はあるが、日常生活などでは工夫すればいいし、自動車の運転免許も問題なく取れたという。
「本人以上に問題視した人がいたんですね」
悟の問いかけに、おばさんは悲しげな顔をした。
想像どおり、父親が基に鞄作りをさせない理由がそれだった。それでも基は、製作が無理でも店を続けたいと希望したが、それも認めなかったらしい。
「主人も、兄弟子から受け継いで心血を注いだ店は残したかったの。でも跡を継げば、基は父親の名前に縛られることになる。先代ならって言われる場面がきっとある。それは主人も私も避けたかった」
これまで、基の父親は気位が高い職人だと思っていた。仕事が第一で、家族などはその次だと言いきるような。
だがそうではないのかもしれない。
自分のせいで息子が肩身の狭い思いをしないように。
その行動の規範には家族がいて、それは自分の父親と少しも変わらなかった。
「そういえば、俺と基のランドセル。あれ、おじさんが作ってくれたんだよな」
お揃いのランドセルはフラップを開けると自分の名前の刺繍が入っていた。アルファベットで読めないのに、やたらとかっこよくてうれしかった。
乱暴に扱うとなぜか母親に注意されたが、おそらく高価なものだったのだろう。
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