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「愛子が通りの定食屋さんで働き始めたのは二十歳のとき。ご両親を相次いで病気で亡くして、田舎の家も処分したって言ってた」
「そのときから、うちのアパートに住んでた。定食屋のご主人が部屋を借り上げ寮にしてくれてね」
もともと悟は山本家のすぐ隣で産まれたようだ。
基の母親は高校を卒業して、実家の洋品店を手伝っていた。悟の実母である愛子とは、越してきてすぐに意気投合したそうだ。
「私のことを英里っぺ、て呼んでた。愛子は二歳年上だったけどかわいくて。そのうえ働き者で、皆から好かれてた。でも恋人がいるのは気がつかなかった……ごめんね」
「私は英里ちゃんが鞄屋の泰さんと結婚する前の年に、愛子ちゃんに助けられたの」
山本の母は、結婚九年目にやっと授かった子どもを流産したそうだ。
そのとき、十一歳も年下の愛子が親身になって世話をやき、ふたりは仲良くなったらしい。
「悟を一人で育てるって愛子ちゃんから聞いたとき、私からお手伝いさせてってお願いしたの。愛子ちゃんをしっかり者の妹みたいに思ってたから」
周囲には、一人で出産することへ心配の声もあったはずだ。山本の両親が手を差しのべたのは、それを牽制する意味もあったかもしれない。
「基の子育てに悩んでた私にも、同志だからねって言ってくれた。基も悟くんといるほうが機嫌がよかったから、本当にしょっちゅう一緒にいたわね」
女性が赤ん坊の面倒をみる様子は、身近に子どものいない悟には想像できない。でも目の前の二人なら、きっとそうしたに違いない。
悟の実父はいないし、基の父親は店を軌道に乗せるために寝る時間も削っていた。必然的にもそうなったはずだ。
そして、商店街にも泣きぐずる自分たちを抱いてくれた人がいるだろう。
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