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母親たちは目を見交わしているが、どちらも「あのときこうしていたら」とは言わなかった。
ただ、山本の母の声には隠しきれない悔しさが、色濃くにじんでいた。
「それからしばらくして、私が茜を妊娠した頃、愛子ちゃんに病気が見つかった」
愛子は入退院を繰り返し、幼い悟はそのたびに山本家へ預けられた。そして、とうとう愛子から悟を託されたそうだ。
「愛子ちゃん、怖い顔をして必死だった。その頃には、私たちも茜も悟を家族のように思っていたから、手を握って約束したの。ぜったいに大切にするからって」
その約束は守られたと、悟は断言できる。
「愛子がいなくなったとき、悟くんは四歳だった。基もね、なんとなく察したみたいで片時も悟くんから離れようとしなくて。ふたりで手を繋いだままお別れをしたの」
実母のことはほとんど覚えていないが、不思議な匂いの記憶がある。
もしかしたら病院か、あるいは斎場なのかもしれない。匂いの記憶とともに、握った手の感触がよみがえってくるようだ。あれは基だったのかもしれない。
あの時から、いや、そのずっと前から基は悟の隣にいたのだ。その存在にどれほど救われたか。
口には出さなくても、基には伝わっていると思っていた。
あいまいな記憶は頼りなくて不安が募る。
おばさんが思い出し笑いをした。
「基はいっつも「悟はすごいんだ」って言ってた。自分はしょっちゅう失敗してるのに、悟くんがやることは自分も頑張るんだって」
そういえば、基はボール投げやなわとびがあまり得意ではなかった。長い手足をうまく扱えないみたいな、そんな感じがした。自転車の補助輪が外れたのも悟のほうが早かった。一緒に練習したのに。
たったそれだけで、悟のことをすごいと笑う幼なじみの笑顔は覚えている。
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