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悟と父親は連れ立って電車に乗りこむ。
祭り会場の周辺は交通規制があり駐車場も限られるためだ。いい機会なので、宮野の仕事が終わるのを待つ間に、商店街も歩いてみるつもりだ。
車窓にながれる景色をなんとなく眺めていると、昨日の晩ごはんのやりとりが頭にうかぶ。
休日出勤から帰ってきた茜が、母親の手料理に「お母さん、気合い入ってるね」と言った。
食卓には、揚げたての豚カツ、酢だこの赤と野菜の緑がきれいなカルパッチョ、照りのある煮物が並んでいた。いつもの鶏肉と人参のほかにれんこんと昆布が入っているようだ。
悟がなにげなく「どういう意味だ?」と尋ねると「ゲン担ぎよ。入試前にも食べたでしょ」とあきれたような顔をした。
その表情に、つい言い返してしまう。
「べつに勝負に行くわけじゃねぇよ」
「さと兄、鈍感なんだから」
「俺のどこが鈍感なんだよ」
妹の言葉は容赦ない。
そこへ「うまそうだな」と、風呂上がりの父親がやってきた。兄妹の言い合いに口は出さないが、自然と悟と茜も椅子に腰かける。
「これしか思いつかなくて……」と母親がすまなそうにしている。
「たまには、みんなで飲むか」
珍しく、晩酌の習慣がない父親がそう言った。夏に貰った酒が残っている。例年なら、基が押しかけてきて悟や茜と飲んでしまうのだが。
「衣がさくさくしてる! このソースおいしい!」茜はほんとうにおいしそうに食べる。てらいもなく言えるのが妬ましくて、またよけいなひと言が出てしまった。
「おまえは色気より食い気かよ」
「鈍感なさと兄には言われたくありませーん」
母さんがうれしそうに笑っていた。
「そろそろ着くぞ」
父親の声にはっと覚醒する。いつのまにかうとうとしていたようだ。昨夜は緊張して熟睡できなかったせいだろう。
電車を降りて、人いきれのなか祭り会場を目指した。商売の邪魔をしないよう、注意深く見張ってくれた調査員と合流する。
「あちらです」
示された先には、今日もさまざまな面が飾られている。
そしてそこに立っていたのは、写真の男と基だった。
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