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「あおぞら商店街さんには、三十四年前お世話になりました。そのときはヨーヨー釣りでしたが」
宮野は当時を思い出して話し始めた。
「私は根性無しなもんで、いろんな店で修業しました。役員さんと顔をあわせる機会はなかったです」
二十代前半の宮野はとにかく好奇心旺盛で、仕事の合間にもふらふらと出歩いたという。愛子のことは食堂で見かけて、その場で声をかけたらしい。
「気取ったところがなくて、かわいくて、また会いにくるからと言ったら笑ってました」
二日目には名前を聞きだし、近くで仕事があれば顔を出す約束をした。
「それから独り立ちして、なんとか仕事をさせてもらって、愛子とはその間もこっそりと付き合ってました」
悟はこっそりという言葉に引っかかりを感じたが、あの商店街で若い男女が一緒にいればどうなるかを想像して口は挟まなかった。
宮野はさらに続ける。
「遊びのつもりはなかったですが、結婚する気もありませんでした。愛子も、時々会うだけで満足してるふうでした。一年位そんなことをしてて……あるとき、懐具合がよかったので天久さんの店で一番安い小銭入れを買ってプレゼントしました。喜んでましたね」
そのとき、天久泰の作ったトランクケースに目を奪われたそうだ。
「とにかくかっこよくてね、それを持って遠くまで行ってみたくなった。分割払いで譲ってもらえないかと交渉したら、百回払いくらいになりそうで仰天したね」
そのときのやりとりを思い出したのか、くだけた調子で笑っている。
「でも天久さんは大真面目でね、ディスプレイしてあった鞄を私に持たせてくれた。代金は仕事先から現金書留で送ってこい、その住所を見て、俺が作った鞄がどこを旅してるかわかるからって言って」
「まさか、それがきっかけで……」
悟にはそんなことで交際相手と別れてしまうなど、簡単には信じられなかった。
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