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第29話 魔王と黒魔法士
「ガッ、ガルム!!」
慮外のガルムの登場にピフラは仰天した。
しかし、仰天したのはガルムも同様で。
攫われた義姉が椅子でぐったりし、顔面は蒼白で、シュミーズが血糊で固まっていれば当然である。
ピフラの元に顰め面のガルムが駆け倚った。
「ああクソッ……」
パチンッとガルムが指を鳴らし、2人の空間を銀色のヴェールが覆う。
怒りを孕む、紅血色の瞳がピフラを射竦めた。固まるピフラを相手に自身のシャツの裾を引きちぎり、跪いて彼女の手に巻き付ける。
「ガルムあなた、ちっ血が……」
応急処置をしてくれるガルムはぼろぼろで。
ヒロインを探そうなどと軽率な行動で義弟を大怪我させ、現在進行形で危険に晒している。
謝罪の言葉が喉元まで出かかったが、それで事足りるはずもない。ピフラは罪の意識で落涙した。
「姉上、俺は──」
「クッフフッハハハッ! 流石ですミスター・エリューズ。まさか生きていらっしゃるとは! しかも、数刻前と比べ物にならない凄まじい魔力量……貴方様は最恐の黒魔法士になれる……!」
ウォラクは大袈裟に腕を広げた。その高声で窓も壁もビリビリ鳴き、ピフラも同様に震える。
魔王は愉快痛快と喜悦を浮かべ、しかしガルムだけは眉ひとつ動かさない。
「お説教はまた後で」
そう呟き、ガルムは起立し彼女に背中を向けた。
何だろう、この既視感は。ああそうだ、マルタの事件の時もガルムはこんな風に守ってくれた。
自分とそう変わらない彼の小さな背中を見て、かえって守ってあげたくなったのを覚えている。
あの時の小さな背中と今のガルムが重なる。
(いつの間にか男の人になっていたのね……)
もう何倍にも大きくなった彼の背中が頼もしかった。
手塩にかけてきた義弟は、こんな時でも紳士的にウォラクに振る舞った。
「ミスター・ウォラク。その節はお世話になりました。この若輩者に黒魔法士の戦い方を教えてくださるとは、光栄の至りです」
夜会のたびに教え込んできた紳士のマナー、挨拶と謙遜。手塩にかけた結果である。
「ハハッ! いいえ、とんでもない。学びというのは何歳になっても尊いものです」
ウォラクは上機嫌に言う。そして2、3歩踏み出した時、ガルムは言った。
「それで是非、お返しをと思いまして」
「おや、一体何を──へ?」
ウォラクの間抜けな声と、ドシャッと砂袋が倒伏するような音がした。
音の方へ視線をやれば、床に転げたのは砂袋ではなくウォラクだ。転がる彼は必死で下顎呼吸をする。
ガルムは淀みなく言った。
「傀儡で気を逸らし、防御魔法を展開しながら、並行で相手を攻撃する。ウォラク殿に教わった成果が出ていれば良いのですが……もう聞こえていませんね」
すると、ウォラクの側で銀色の霧が烟り、中から人影が現れる。──ガルムだ。
ピフラはその光景に目を見張った。視線を回収して目の前の彼を見やれば、輪郭を失くし霧散していく。
ガルムの傀儡がピフラを守り、本人がウォラクを仆したのである。
しかし、息をつけたのはその一瞬で。
「『わあ! 綺麗な赤い目ね!』」
ヒロインがガルムとの出会いの台詞を叫んだのだ。
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