プロローグ──焦燥に駈られて

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プロローグ──焦燥に駈られて

 拓斗(たくと)はアクセルを踏み込みたい気持ちを必死に押さえていた。太陽は西に傾き空はオレンジ色に染まり影を落とす。街並みは太陽に引っ張られるように黒く縁取られる。向日葵の花びらが萎え始めたような色合いの道を拓斗は目的の地に向かい車を走らせた。しかし今、渋滞に飲み込まれ始め車は進めず立ち往生している。 「間に合ってくれよ。なんでいつもこうなんだ。俺って奴は……」  エアコンの涼しい風を身体に受けているにも関わらず、嫌な汗を額から流し拓斗は一人言のように呟いていた。  数分前、拓斗のスマートフォンの着信音が(つんざ)くような音を立て鳴り響いた。部屋には彼一人。 「──誰だ?」  画面を覗き込むとディスプレイには姉、静流(しずる)の名前が表示されていた。嫌な予感がした。心配ごとがあったからだ。 「もしもし……どうした?」  暫く静流の声をスマートフォン越しに聞く。静流は早口で捲し立ててくる。 「──えっ?」  声を聞く度に冷たい汗が背中を伝う。ビールでも飲んで今日一日を締めようとしていたがそんな軽い気持ちは泡の様に消し飛んだ。テーブルに缶ビールを置いたまま。冷えた缶は幾重も水滴を流している。 「分かった。すぐ向かう」  静流との会話が終わった後、外出中の妻に連絡を入れ拓斗は急いで身支度を始めた。脱ぎ散らかした靴下をそのまま履き、皺がよったズボンは気にせず一気に脚を通した。ベルトをさっと締める。仕事帰りのシャツは汗臭いままだったがおかまいなしだ。キーケースを握り絞めた。そこから家の鍵を探し出し、鍵穴に差し込もうとするが上手く差さらない。苛立つ拓斗は落ち着けと自分に言い聞かせ、慎重に鍵を差し込み回した。施錠の確認も程ほどに小走りで車に向かい勢いよく乗り込んだ。  今度は滑り込むように旨く鍵穴に差さり、そのまま回すとエンジンはスムーズに動き出し唸りを上げた。車は今か今かと走り出すサインを待ち、拓斗の操作を待っている。拓斗はいつもの手順で車を動かした。ハンドルを握りアクセルを踏み込む。急にペダルを踏み込まれた車はびっくりしたかのように急発進し、荒っぽい運転は五月蝿いだけの音を残し走り去った。    拓斗が去り物静かになる家。そこには荒れ果てた庭があった。昔はいつも四季折々に花々が咲いていたものだ。今の時期であれば、向日葵が幾重にも重なるように咲いていただろう。太陽に向けて燦々と陽を浴び、気持ち良く咲いていたはずだった。家自体はこじんまりしているが、高台にあり色鮮やかな草花で埋め尽くされていた。花が咲き乱れる自慢の丘だった。しかし、今は見る影もない。なんとか懸命に咲いてる小さな花がまばらにあるだけだ。赤茶げた土壌が露骨に剥き出し、雑草がいたる所から生えている所もある。茶色く変色し枯れ果てた無惨な草木の姿もあった。拓斗が慌て急いで出て行った家はなんとも言えない静寂な時間だけを残しその庭は悲しみに包まれていた。
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