第一章──残していくことの意味

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 ──平成6年9月14日 2限目──  心を締め付けらる時間が続く。現代国語の担当平山(ひらやま)が熱心に教壇から生徒を見守っていた。二限目なのに明らかに眠たい者がいるのを確認する。  ──そうかあの子、野球部で朝練があったのね── 見て見ぬふりも出来るのだが、平山の正義感からそれは許さなかった。 「丸山君、もうちょっと集中しようか?」  優しく注意した。丸山もはっとして頭を掻き返事をした。少し眠気が飛んだのだろう。教室から笑いが起きる。急いで丸山は黒板に書かれた文字をノートに写し出した。  平山は満足した様子で授業を続けようとしたが今度は窓を見つめ授業に集中していない生徒を見つけた。座席表を眺め名前を確かめる。担任でもないと顔は認識出来るがまだ名前はうろ覚えだ。 「こら、神崎君。授業つまんないかな?」  優しい目を拓斗に向ける平山。 「そんなことないですよ」  しかしその平山の目を見ることなく、窓の外を見たまま拓斗は答えた。 「じゃあ、こっち向いて集中しようか?」  平山はにこりと拓斗に微笑みかけた。 「すみません」  拓斗は教壇の平山に目を向け頭を渋々下げた。拓斗自身は授業がつまらないと感じてる訳ではなかった。授業に集中すれば昨日のことを今だけは忘れられるかもしれない。何度も平山の授業に耳を傾けようとした。しかし、気づくとぼんやりし無意識に窓から外を眺めていた。天気がいい。グラウンドでは他のクラスの生徒が走っていた。体育の授業だろう。遠く誰かわからないが一人飛び抜けて先頭を走っている。  平山が説明をしながら黒板に書き終え振り向いた。また目に飛び込んだのは拓斗だ。  ──今日はどうしたんのかな。何かあったのかな?──  授業終了のチャイムが丁度鳴った。 「今日はここまでだから予習復習しっかりしててね」  教壇から皆に伝えたつもりでいたが、目線は拓斗を見ていた。挨拶が終わると一人深い溜め息を吐く拓斗を気にしながらも教室を後にする平山だった。  ──色々あるわよね、あの年頃って。明日は集中してくれるかしら──  平山の思いも伝わらず何事もなく過ぎた二限目にほっとした拓斗だった。
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