第一章──残していくことの意味

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 ──平成5年9月某日──  博之は退院した。身体は痩せ頬もこけていたが、バイタリティだけは以前と変わらない様子だった。動きは鈍くなっていたが丁寧に庭に植えたものを扱う。そして水を撒き微笑んでいる。 「今日も元気でいろよ」  まるで大切な子供を扱うみたいに博之は嬉々とした。 「またここにいらっしゃったんですか? 体がきつそうなのに毎日大変ですね」  清海は博之に声をかけた。 「あぁ、ここだけはいつも心配なんだ。倒れた時も誰が面倒みてくれるんだってね」  笑い返した。 「仕方ないから私がいつも面倒みてましたよ。時々静流が見てるけど。拓斗はまぁ、まったくですけど……」  肩を竦めた。 「拓斗は興味ないんだろうな」  少し寂しそうな顔をした。 「そうですね。興味はないみたい。でもあなたも出会った頃は興味あったかしら」  家を買った当初は何もない殺風景な庭だった。確かに植木鉢の一つや二つは置いていたが、まさかここまで色鮮やかになるとは想像もしていなかった。 「いつからでしたっけ? あなたがこんなことに熱心になったのは?」  清海は博之の隣に座り咲きそうな花の蕾を指先で突っついた。 「もうになるんじゃないか?」 「そんなになりますか? 最初は向日葵でしたっけ」  清海は思い出していた。 「びっくりしましたよ。あの時は。まさかこんなになってるなんて……」  博之は笑った。 「おかげで今まで来れた。これからも沢山埋め尽くすからな」 「ほどほどにしてくださいよ」  清海は身体を気遣った。博之は蕾を見つめた。 「ちょっと食事の用意をしてくるわ」  清海は立ち上がりその場を離れた。  ──ほどほどにはできないよ……これからも──
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