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──平成5年9月某日──
博之は退院した。身体は痩せ頬もこけていたが、バイタリティだけは以前と変わらない様子だった。動きは鈍くなっていたが丁寧に庭に植えたものを扱う。そして水を撒き微笑んでいる。
「今日も元気でいろよ」
まるで大切な子供を扱うみたいに博之は嬉々とした。
「またここにいらっしゃったんですか? 体がきつそうなのに毎日大変ですね」
清海は博之に声をかけた。
「あぁ、ここだけはいつも心配なんだ。倒れた時も誰が面倒みてくれるんだってね」
笑い返した。
「仕方ないから私がいつも面倒みてましたよ。時々静流が見てるけど。拓斗はまぁ、まったくですけど……」
肩を竦めた。
「拓斗は興味ないんだろうな」
少し寂しそうな顔をした。
「そうですね。興味はないみたい。でもあなたも出会った頃は興味あったかしら」
家を買った当初は何もない殺風景な庭だった。確かに植木鉢の一つや二つは置いていたが、まさかここまで色鮮やかになるとは想像もしていなかった。
「いつからでしたっけ? あなたがこんなことに熱心になったのは?」
清海は博之の隣に座り咲きそうな花の蕾を指先で突っついた。
「もう十五、六年になるんじゃないか?」
「そんなになりますか? 最初は向日葵でしたっけ」
清海は思い出していた。
「びっくりしましたよ。あの時は。まさかこんなになってるなんて……」
博之は笑った。
「おかげで今まで来れた。これからも沢山埋め尽くすからな」
「ほどほどにしてくださいよ」
清海は身体を気遣った。博之は蕾を見つめた。
「ちょっと食事の用意をしてくるわ」
清海は立ち上がりその場を離れた。
──ほどほどにはできないよ……これからも──
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