プロローグ──焦燥に駈られて

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 拓斗はブレーキを踏んで堪えている。先に進む気配を見せない。ブレーキを踏んだまま前方の車を睨んだ。夕暮れのオレンジが刻々と深くなり闇が来るのを知らせた。前に立ち塞がる車のテールランプが鮮やかに灯り出した。ブレーキランプが消えるのを待ち詫びる。光が消え車体が動き出す。 「ほら進めよ」  何度も見た光景。何度繰り返すのか。またブレーキランプが赤い光を灯す。前の車がランプを灯す度にブレーキペダルを踏み込まなければならない。進めず焦る拓斗。握り締めたハンドルを力いっぱい叩いた。 「進めよ、何やってんだよ。何回もさっ」  拓斗の車から、かなり先に赤色灯が回っていた。それも何台も。遠くから微かに鳴り響くサイレンの音が聞こえた。音は遠くから鳴り、徐々に近づいて来る。 「救急車の音、事故? こんな時に?」  拓斗の焦りはどうしようもない物のために、ずしりと乗り掛かった。しかし救急車の音は途中でパタリと止む。 「まだ先の方なのか?」  このままではと苦虫を噛み潰した。  徐々にオレンジの空は黒く染まり、縁取られた家々からも明かりが漏れ始めた。星も瞬き始めているだろうが気にする余裕もない。焦燥に駆られた顔が窓ガラスに映る。ヘッドライトとテールライトが列をなして灯り、遥か向こうと感じる先に列を食い止める赤色灯が回り続けていた。 「まだかよ」  カーラジオからは最近流行りの曲が流れている。まともに聞く気にもなれず拓斗はボリュームを下げた。今の拓斗にとって焦る心情を逆撫でにするかの様な雑音だったからだ。 「どこがいいんだか」  曲が流れ終わるとMCが喋り出す。笑いを誘う言葉を並べていたが完全に頭には入らなかった。いや、拒絶しているのだ。軽くアクセルを踏み込むと同時にカーラジオの電源ボタンを乱暴に押して切った。  その頃にはオレンジの幕は閉じ、辺り一体闇に包まれていた。騒がしくなると同時に赤色灯を回すパトカーと救急車がようやく視界に入って来た。大破した車は道を塞ぐように横倒れになりようやく渋滞の元に辿り着いた。 「何やってんだよ」  同時に救急車が勢いよく飛び出した。一目見ようと集まった野次馬たちもゆっくりと散らばり始めていた。
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