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──平成5年7月某日──
清海は急いで駆けつけた。タクシーを拾い、海の道総合病院の受付へ息を切らし上ずった声で話し掛けた。
「あの、今日緊急搬送された神崎博之の妻ですが……」
受付の女性は取り乱す清海に落ち着くように諭し、ゆっくり応対した。
「神崎博之様ですね。少々お待ちください」
そう伝えると受話器を上げ問い合わせる。
「分かりました。そちらに案内します」
受付の女性は受話器を置き清海に声を掛けた。
「お待たせしました。こちらです」
不安に心臓が高鳴る。ここ最近新しいプロジェクトの準備で日中仕事に追われ無理をしていたのは分かる。だから単なる疲労であってくれと願った。清海は案内の女性の後をついて行く。少々騒わついたホールから離れると徐々に静けさが増すことで清海を余計に不安にさせた。朝、見送る時は元気に声を掛け出ていったのにどうしてこうなったと錯乱しそうな頭の中を何度も深呼吸をして落ち着かせた。
病室の前では専務の桜井が待っていた。
「あっ、奥さん……」
桜井は頭を下げた。
「桜井さんお世話になります」
馴染みのある顔に清海は涙腺を潤ませたが耐えた。
「どうぞこちらに」
部屋に案内される。清海は付き添ってくれた桜井に軽く頭を下げた。
「お忙しい中、主人に付き添って頂きありがとうございます……少しだけお待ち頂けますか? 一度主人の顔を見て来ますので……」
「そうですね。今日は仕事の方も黒木に任せておりますのでホールでお待ちしてますよ」
心配そうに桜井は答えた。
「そうですか、黒木さんにもご迷惑を……本当にご心配おかけして申し訳ありません」
声は震えていたが、今はしっかりしないといけないと自分に言い聞かせ病室へ足早に消えていった。桜井は清海の姿を見届けたあと、踵を返しホールへと向かった。
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