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「こんにちは。お邪魔します」
ペコリと頭を下げた春樹におばさんがニコニコした。
「こんにちは。春くんいらっしゃい。いつも礼儀正しいわね」
浩一が春樹を引っ張る。
「早く俺の部屋行こうぜ! 母ちゃん、おやつとジュースね!」
ドタドタと2階への階段を上る浩一に連れられて、浩一の部屋に行く。
サッカーゲームをしていると、ノックが響いて、おばさんがおやつとジュースをお盆にのせて入ってきた。
「見てみて、浩一、春くん。ニンジンのシフォンケーキ、綺麗に焼けたでしょ。アイスティーと一緒に食べて」
「なんだよぉ、母ちゃん。ポテチとコーラにしてよー!」
文句を言う浩一に、困ったように笑うおばさん。
ふうわり甘い香りがした。
「美味しそうです。いただきます」
頭を下げると浩一は不服そうな顔をし、おばさんは嬉しそうに笑った。
おばさんが階下に降りて行ったところで、僕は浩一に言った。
「うちはお母さんしか居ないから。お母さん、仕事ばっかりでさ。ご飯、一緒に食べることないんだよ。だから、浩一んちのお母さんのおやつ、羨ましい」
「そっか。でもさ、夕飯代置いてってくれるんだろ? コンビニとかで一人で好きなご飯を買えるなんていいなぁ。うちは全部母ちゃんの手作りだから、コンビニ弁当食べたことない。好きなもの買って食べてみたいなぁ」
羨ましい悩みだなと思ったけど、浩一には言えなかった。
食べ終わった食器の片付けをしようと思ったら、浩一が自分が片付けると言って、お皿とコップを持って階下に降りて行った。
暫くして、浩一とおばさんがやって来た。
「春くん、良かったら今日、おばさんの作ったご飯を食べて行かない? 今日はビーフカレーなんだけど、ちょっと作り過ぎちゃって浩一に叱られちゃった。たくさん食べて行って貰えると助かるんだけどな」
ニコニコと優しい笑顔を浮かべるおばさんと不安げに僕を見ている浩一。
多分、母ちゃんに話しちゃった。ごめんよ、かな。
「食べて行ってくれよー。じゃないとうち、明日もカレーだよー」
ふざけた調子で浩一が言ったけれど。
僕は。
僕は、何故か顔が赤くなるのを感じて、いたたまれなくなった。
優しい浩一。やさしいおばさん。
僕は二人に、かわいそうな子、と思われたんだ。
「ありがとうございます。僕、洗濯、しなきゃならないから。そろそろ帰ります。ケーキ、ごちそうさまでした」
カレーをタッパーに入れてくれようとする浩一のお母さんを止めて、僕は浩一の家を出た。
浩一の家を出て僕は走った。
全力で走った。
家とは違う方向に。
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