2 小学校五年生 春樹

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「はぁっ、はぁっ、はあっ!!!」   浩一の家からがむしゃらに走ったら、どこかも分からない路地に出た。  夕方5時。  ちょうど商店街にあるお店屋さんの看板にネオンが灯る頃。  いっけね、お母さんに行っちゃだめよと言われていた飲み屋街の方に出ちゃったかも知れない。  急いで帰らなきゃ。  走るのをやめて、早足で歩いていたら見つけた。  木で出来たログハウスみたいな作りのお店。  木の看板に大きく「おかえりの店」と書いてある。  ソロソロと近づいて様子を伺う。 「やぁ、お兄ちゃん。うちに用かい?」   後ろから声をかけられて驚いた。  振り向くと、板前さんみたいな格好をした男の人が立っていた。  多分、浩一のお父さんくらいの年齢の人。 「ここ……、子どもでもご飯、食べられますか? お金、千円持ってます」  自分でもビックリだけど、僕はそんな風に男の人に聞いていた。  男の人はニッコリ笑った。 「まずは、お店にどうぞ。おじさんはこの店の主人で樽磨 太郎(たるま たろう)と言うんだ。皆は、ダルマさんと呼ぶよ。君のお名前聞いてもいいかな?」 「春樹です」  答えた僕にダルマさんが言った。 「おかえり、春樹くん」  ずっとかけて貰いたかった言葉。  ダルマさんに言われて気がついた。 「……た、ただいま」  少しだけ気恥ずかしくて、小さい声で言う。  ダルマさんは僕に何が食べたいか聞いてくれた。  僕はビーフカレーを注文した。  ダルマさんはどんな魔法を使ったのだろう。  あっという間に、ゴロゴロ野菜とお肉の入ったカレーを作ってくれた。  フウフウしながら食べる。  ふわっと炊きたての香りがするご飯。カレーもアツアツ。辛くないのに汗が出る。  コンビニのカレーじゃない。  できたてのカレー。  食べながら、僕はダルマさんにお母さんのこと、浩一の家でご飯に誘われて恥ずかしかったことを話した。  ダルマさんはうんうんと頷いて聞いてくれた。 「春樹くんは、頑張り屋のお母さんを持っているね。ご飯に誘ってもらったのは、頑張り屋のお母さんを貶されたみたいな気持ちになったからかな。でもね、お友だちもお友だちのお母さんも、春樹くんと春樹くんのお母さんを貶そうとしたんじゃないんだよ」  分かっている。  分かっているんだけど。  お母さんが普通のお母さんみたいなことが出来ないって思われるのも嫌だったんだ。 「お母さんができないなら、春樹くんがやってもいいんじゃない? このカレー、レンジで作ったんだよ。レンジなら、春樹くんにもできるんじゃないかな? 野菜を切って、水とお肉と電子レンジで加熱。柔らかくなったらルゥを入れる。それだけ」  ダルマさんの説明は簡単そうに聞こえた。 「具は春樹くんが好きなものを使えばいい。ナスでもトマトでも。料理にダメなんてないんだよ。春樹くんが作ったらきっと喜ぶよ」  カレーライスは500円だった。  とても美味しいカレーで、あっという間に食べ終わった。  帰りにダルマさんが、電子レンジカレーのレシピを渡してくれた。  「ただいま」って仕事から帰ってきたお母さんの喜ぶ顔を思い浮かべながら、僕はダルマさんのレシピを丁寧に折って、ポッケにしまった。  ウキウキしながら、家まで走る。  来た時とは、全然違う気分だった。    
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