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3 定年退職一年生 正蔵
「ただいま」
「お疲れ様でした」
退職後、家に帰ったオレに妻からの言葉。
これからは二人でゆっくり過ごして行こうと思っていた矢先に切り出された。
「もう、私を自由にしてもらえませんか?」
縛りつけていた気持ちはない。
働かずに家に居させてやったじゃないか。
何不自由なく、暮らして来たじゃないか。
「お前、家事はどうするんだ?」
尋ねたが妻の意思は固く、数日後には離婚届けを置いて出て行った。
オレは仕事を全うした。
妻の仕事は家事。
ただそれだけ。
なのに放り出して逃げて行った。
何十年もずっと食わせてやって来たのに。
なぜなんだ、どうしてだ。
虚しく、やるせない怒りが胸に渦巻く。
堪らず、成人した娘と息子に電話した。
「あぁ、お父さん? 離婚届け、役所にいつ出すの? いつかそうなると思ってたんだよね。だってお父さんてお母さんにも私たちにも、一切興味なかったじゃない?」
興味がないってなんだ。
家族に興味も何もないだろう。
娘の言葉に腹を立て、プツ、と電話を切った。
妻に似て、可愛げのない女に育ったな。
アイツの育て方が間違ったんだ。
子育て一つできない奴だ。
続いて息子に電話した。
「父さん? どうしたの? え? 母さんが離婚届けを? あの我慢強い母さんがそう言うなら、意思は固そうだね。父さんも覚悟を決めなよ」
息子が何を言っているのか分からなかった。
「働かずに、家に居させてやったのはオレだぞ」
受話器から大きなため息が聞こえた。
「父さんてさ、モラルハラスメントの塊だよね。一先ず、時間はあるんでしょ。家の事、自分で何もかもやってみたら、分かるんじゃない?」
何をだ。
何が分かると言うんだ。
まったく、どいつもこいつも。
忌々しいったらありゃしない。
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