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これは大学時代の友人の話である。
当時,友人は大学に通いながらアルバイトを掛けもちする生活を送っていた。単純にアルバイトが好きで,人間関係が面白いと言って夜の店に出入りするバイトを好んでいた。
そんなバイトの一つに軽トラに乗って繁華街に密集する複数のキャバクラで空き瓶を回収し,注文があったお酒を配達するバイトがあった。
店の裏に積まれた空き瓶を回収するのだが,割れてしまった瓶は大きな袋にまとめられて別の場所に置かれていて,友人は袋が切れないように注意しながら軽トラの荷台まで運んだ。
ある日,複数の店舗で回収した割れた瓶に派手な色のペンで同じ名前が書かれ,どの店舗の瓶も名前を削り取るように上から固いもので擦ったような跡があるのに気がついた。
同じ名前が書かれた瓶は意図的に割られているように見え,バイトの先輩にも聞いてみたが先輩は常連客がキープしていたボトルだろうとしか答えてくれなかった。
最初は友人も常連客がボトルをキープするために瓶に名前を書いていると思ったが,複数の店舗で同じ名前が書かれた瓶が雑に割られていることを不思議に思ったそうだ。
給料日にバイト先の店長と呑んでいる時にその話をしたところ,店長は少し驚いた表情を見せたが,すぐにいつも通りの笑顔に戻り友人にこう話した。
「夜職の女の子たちは客に何万円,何十万円と酒を飲ませるのが仕事だろ。金を払わない客は怖いお兄さんたちが無理矢理取り立てたり。逆に店によってはツケにして何度も通わせてわざと支払いができないほど借金漬けにするんだよ」
「ああ……よく聞く話ですよね」
「ホストクラブにハマる女の子なら風俗で働かせることもあるんだけど,キャバクラ通いで借金まみれになったオッサンなんて最後はろくな使い道がない」
「はぁ……」
「でもね。世の中,需要と供給っていうのかな。そんな借金まみれのオッサンたちを買い取ってくれるところがあるんだよ。あの名前が書かれたボトルは,そんなオッサンのことで,買い取られると名前を適当に削られ瓶を割られて捨てられる。どこの店にもそんなオッサンがいるから,店によってはその名前が書かれたボトルが何本も置かれているんだよ。まあ,この地域の昔からある不思議な習慣だよね〜」
「怖いっすね……」
「怖いよ〜だから君も君が入れたボトルにあの名前を書かれるようなことはしないでね〜夜の女の子にハマると危ないからねぇ〜」
店長は乾き物をつまむと,店の奥に置かれた派手な色で名前が書かれたボトルを微笑みながらそっと指差した。
「ちなみにあれ,前に君と一緒にバイトをしていた君の先輩のボトル。去年の年末くらいからこの店にいる女の子に夢中になっちゃってねぇ。そろそろ限界なんじゃないかな。彼はまだ若いからすぐに割られると思うよ〜」
「マジっすか……ヤバイっすね。マジで怖いっすねぇ……」
友人はその夜を境に夜の街にかかわるバイトを一切やめて毎日大学に来るようになり,無事に一緒に卒業することができた。
あれから十年経ったいま,その友人がどこで何をしているの誰もかわからず,友人と同じ高校だった同級生の一人が友人の実家に連絡をしてみたが,両親でさえ連絡が取れないそうで警察にも相談しているとのことだった。
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