1話 ようこそヘウンデウンへ①

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1話 ようこそヘウンデウンへ①

 1話 ようこそヘウンデウンへ①  僕の名前は雨宮 樹(あまみや いつき)。  漫画とゲームが大好きなごく普通の高校1年生。  季節は8月上旬の夏休み真っ只中。  夏休みともなれば、青春を謳歌する一般高校生は、部活だの恋愛だのに精を出しているのかもしれない。  帰宅部で彼女はいない。クラスで孤立しているわけではないものの、休日にわざわざ会うような友人もいない。  そんな青春とは縁の無い僕が現在何をしているのかというと、首から上が蜂のような見た目の人間と、手から光線を出す綺麗な女の人を見ながら、美人な猫耳のお姉さんと手を繋いでいる。  え、何?  妄想と現実の区別ぐらいしろ?  お薬多めに出しておきますね?  いやいやいや。信じてもらえないかもしれないけど、僕はありのままの事実を言っているだけだ。  夢でも無ければ妄想でも無い。  嘘じゃないなら、時系列順に説明しろ?  確かにその通りかもしれない。  手から光線だの美人の猫耳お姉さんなどというのは創作の世界の存在であり、平凡な僕の日常とは一生接することの無い異世界の物語でしかない。  どうしてこうなったのか振り返ってみよう。  僕の日常が非日常に変わる直前。  それは夜の22時。  母に強制的に通わされることになった夏期講習からの帰りの電車で、一人揺られているところから始まる。  母が申し込んだのは「超濃密!成績ぐんぐん鰻登りコース」という名前のふざけた名前の夏期講習で、昼から夜までギッチリと授業が組み込まれていた。  夜遅くまで勉強するだなんて、試験直前の一夜漬けぐらいしか経験が無いので、身体的及び精神的疲労と、電車の心地良い揺れの合わせ技で、眠気がマックスになっていた。 「こんなことなら、うっかり異世界にでも飛ばされて、可愛い女の子に囲まれながら楽しく平和に暮らしてぇえ」  危ない危ない。  妄想がそのまま口から漏れていた。  同じ車両に誰も乗っていないから助かったけれど、万が一誰かに聞かれていたら、二度とこの電車に乗れなくなってしまう。  誰も見ていないのに、携帯を見るフリだとか車内の広告を読んでいるフリ等をして「独り言なんて言ってませんけど?」アピールをしていると、アナウンスが流れた。 『次は、ザザザ。ガガガピーに停まザザザ』  ノイズが酷すぎて、次に何処に停まるのか全く聞き取れなかった。  聞き取れなかったのなら電光掲示板を見れば良いかと思い、出入り口上にある電光掲示板に目を向けると「キ3〒祗」と表示されていた。  キ3〒祗?  何かの暗号? 読めないんだけど。 「まさか、”きさらぎ”った?」  異世界生活に憧れはあるけれど、僕が憧れているのは 「美少女ハーレム世界で気ままに過ごすスローライフ」 「美少女ハーレム世界で敵をバッサバッサと薙ぎ倒す無双生活」  のどちらかだ。 「因習村に迷い込んで謎の住民から逃げ続ける生活」  では無い。  今のこの状況。  どう考えても後者寄りの雰囲気じゃないか?  などと現実逃避するのは程々にして、アナウンスも掲示板も駄目なら外の景色から今いる場所を予想しようと思い、窓の外をよく見るために椅子から立ち上がった。  バツン!  何かが破裂するような音が響いたのと同時に、車内が真っ暗になった。  視界が真っ暗になったことに驚いた直後、脱線したのかと思う程に車体が激しく横に揺れた。 「うわっ!?」  不意を突かれた大きな揺れに対応出来なかった僕は、椅子に座り直すことも手すりに掴まることも出来ず、反対側にある出入り口に思い切り頭をぶつけて気を失った。  目が覚めると、仰向けの姿勢で知らない天井を見上げていた。 「電車の天井って、こんな感じだっけ?」  ”知らない天井を見上げながら目を覚ます”という実績を解除したというくだらない感想はさておき、電車の天井にしては随分と、いや、あまりにも高い気がする。  電車の天井まで高さは2メートル程度のはずだが、僕が見上げている天井は、思い切りボールを投げてようやく天井に当たるぐらいの高さだ。  知っている建物で例えるのならば、学校の体育館と同じぐらいだろうか?  ボーっと天井を眺めていると、足首に何かが巻き付いているような違和感があった。  首を起こして自分の足を見ると、何者かに足を掴まれていた。 「あ、どうも」  てっきり、電車が何らかのトラブルで緊急停車し、頭をぶつけて気絶した僕を、車掌か救急隊員の人が助けに来たのかと思っていた。  だから「意識が戻りましたよ」という主張の意味を込めて声を掛けたのだが、僕の足を掴んでいたのは人間のようで人間では無かった。  首から下は人間そっくりなのに、頭だけは蜂みたいな奴だった。  人肌やゴムのような柔らかさを欠片も感じない、見ただけで堅さが伝わる光沢のある甲殻。  真っ黒で大きな目、不規則に揺れ動く細い触角、ギチギチと音を立てながら横に開く顎。 「うわぁッッッ!」  思わず大きな声を上げると、蜂人間は僕の足を掴んでいた手を離し、代わりに腰につけていた銃のようなモノを握って僕に向けた。 「コ1⊂糅d!」  僕の周りにいた2人の蜂人間も、僕に銃のようなモノを向けた。 「えぇっと、とりあえず、その、銃のようなものを下ろしていただけないかと」  相手を刺激したくないという一心で、何となく敬語になってしまった。  しかし、蜂人間達は僕に銃のようなモノを向けたまま、互いに音を発し合っている。 「ド9∝楼?」 「キ1L!」 「バ6∇數!」  蜂人間達が何かしらの意思疎通をしているのだろうと予想は出来ても、僕にはその内容が全く分からない。 「バ6∇數」 「イ1!」  蜂人間の一人が、僕の眉間に銃口を押し当てた。  なるほど。  言葉は分からないけれど、非常にマズい事態ということは分かる。 「ダ5∵逅!?」  ボジュッッッ!!  蜂人間が一段と大きな声を出したので、恐怖で思わず目を閉じた僕の耳に、スライムを握り潰した時のような濁った音が聞こえた。  その音は、さらに2回続けて聞こえた。 「オ1!◯屓r!」  恐る恐る目を開けると、銃を持った”首無し”蜂人間3人が棒立ちになり、首の断面から緑色っぽい液体がスプリンクラーのように吹き出している。  ゲェッ。  蜂人間の首から飛んできた緑汁が顔や頭に降り掛かってきた。  緑汁は誰も手入れしていないザリガニの水槽みたいな臭いを放ち、触ると糸が引くぐらいベタついている。  控えめに言って最悪だ。  ”緑汁スプリンクラー”と化した蜂人間達から急いで離れると、蜂人間達のすぐ近くに、両手を緑色に染めてニタニタと笑っている女の人が立っていた。  頭の上で猫のような耳がピコピコと動いている。  白い髪は肩に触れるぐらいの長さ。髪のクセが強いのか、四方八方に跳ねている。  クセ毛の隙間から、人間に酷似した耳がチラリと見えるので、頭の上の耳と合わせると4つ耳があるようだ。  ツリ目で鼻が小さくて顎が細い。  クラスにいれば確実に上位に君臨する、テレビに出ていても何の違和感もない顔立ち。  スタイル抜群のボディラインを強調するかのようなパツパツの白のノースリーブシャツに、青のホットパンツ。  ホットパンツの何処かから白くて長い尻尾が伸びていて、彼女の後方でユラユラと揺れている。  一言で言えば、美人な猫耳お姉さんだ。  ニタニタと笑うだけで黙っていた彼女がついに口を開いた。 「ダルレテダシダニ」  おおっと?  蜂人間の言葉が分からないのはともかく、猫姉さんの言葉も分からないとは思わなかった。 「コカトノバイガナ?」  表情から察するに何か質問されたような気がするけれど、何を言ってるのか分からないので、リアクションの取りようがない。 「す、すみません。何て言ってるのか分からないんです」  伝わらないだろうなと思いながら、日本語で返事をした。  僕に英語力があれば英語で言ったかもしれないが、僕にはこんな簡単な文章すら英語に出来ないのだから、日本語で返事をした事は許してほしい。  伝わったとは思えないけれど、猫姉さんは目を丸くした。 「マワジブカノ」  猫姉さんはお互いの鼻が接触するぐらいに一気に距離を詰めてきた。  うわ、めっちゃ良い匂いする。  ん? いや、気の所為だ。  何となく獣っぽさと煙草っぽさが混じった臭いがするし、猫姉さんの両手と顔に付着した緑汁の臭いが強すぎる。  僕は思わず顔を歪めてしまったのだが、猫姉さんは気にする素振りも見せずに、緑汁まみれの手で僕の手を握った。 「いッ!?」 「そんな汚い手で触らないで欲しい」という思いと「いきなり手を繋ぐだなんて」という驚きが入り混じり、思わず変な声が出た。 「ツイイコテ」  猫姉さんにグイグイと引っ張られるような形で、建物の出口と思われる方向に向かって引っ張られた。  拒む理由は特に無いので、僕は猫姉さんの柔らかさと硬さを併せ持った手の感触と、緑汁のネバネバ感を同時に味わいながら、猫姉さんに着いて行くことにした。  猫姉さんと手を繋ぎながら一緒に建物を出た僕は、あまりの光景に言葉を失った。  そこは、街外れや海沿いにあるような、大きな倉庫が沢山並ぶ一角だった。  その一角で、銃を乱射している蜂頭の人達に向かって、車の陰に隠れながら、手から光線を出しているパンツスーツ姿の女の人がいる。  なんだコレ?  映画の撮影? 「ノセノカツキウク!」  猫姉さんが叫ぶと、手から光線を出していたスーツ姿の人が、あからさまに面倒くさそうな顔をしてから、車の窓から車内に手を突っ込み、何かを猫姉さんに向かって放り投げた。  猫姉さんは空いた方の手で華麗にキャッチすると、僕の頬を摘んで無理やり顔を90度回転させると、緑汁の付着した何かを僕の耳に突っ込んだ。 『おい。聞こえてるか?』  あれ?  これは僕の声じゃない。 『聞こえてんのか?』  猫姉さんが僕の頬をペチペチと叩く。  気の所為だろうか?  猫姉さんが言っている言葉が分かるような気がする。 『聞こえてんのかって聞いてんだろッ!』  猫姉さんの拳が僕の顎にクリーンヒットし、頭の中がシェイクされ、視界がものすごい速さで回転し、足に一切の力が入らなくなり、僕はその場に崩れ落ちた。 『やべ。強くやりすぎた』 『もうちょっと丁寧に扱って。死んだら売れない』  何か不吉な会話が聞こえたような気がするけど、声を出すことはおろか、視線を動かすことすら出来ない。  これはきっと夢だ。  目が覚めたら電車の中にいるのだろう。  そんな事を考えながら、僕の意識はプツンと途切れた。
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