術の訓練

1/1
前へ
/89ページ
次へ

術の訓練

それ以降、私は彼が作ってくれた特殊な空間(名前はわからないけど、生活に必要十分な施設がそろっている。時間もゆっくり流れるらしい)で食事と休養をとって体力を回復させた。 食事、と言ってもトーストとサラダ、カレーライスといった簡単なものだったけれど、今の私にとってはどんなご馳走よりも美味しかった。 龍神さんはそれらを喜んで食べる私を見て、本当に飢えてたんだなと苦笑いした。 実際その通りだ。城にいる間はまともな物を食べていなかったし、城を逃げ出してここにくるまでの数日間は、ほぼ飲まず食わずだったのだから。 それから1週間。 肋が浮き出て、ミイラみたいになっていた私の体はほぼ元に戻った。 「お、元通りだな」 「はい!この状態なら、訓練は十分出来ます」 「だな。じゃあまずは術から始めよう」 彼はそう言って、透明な手のひらサイズの球体を取り出した。 「何ですかそれ?」 「これはエレメント·クリスタと言ってな、使用者の属性を計り、その属性の術を覚醒させる事ができる代物だ」 「属性?」 「あー、まだそこを説明してなかったな。 事前知識として、術には8つの属性ってのがあってだな…術士はその中からどれか一つを自分の得意属性とする。 火、水、電、地、風、氷、光、闇… それぞれに相性の良し悪しがあって、相手の弱点属性で攻めると効果が大きくなる。 術は単独で放ってもいいが、複数人で同時に放つと合術(あわせじゅつ)と言う強力なものにできる。 …まあ基本はこんなとこだ。まずはこれを持って、意識を集中してみろ」 彼に言われるがまま、球体を手に持って意識を集中した。 すると、球体の中心に黒い濁りが出てきた。 それは小さく渦を巻いていたけれど、次第にもやのように球体の全体に広がった。 そして最後には、球体全体が黒く濁った。 「…これでわかったんですか?」 「いや、まだだ。これからくるぞ…」 これからまだ変化があるの? 私はそう思いながら、球体を見つめた。 再び中心が濁ってきた。ただし、今度は少し青っぽい白色に。 やがて濁りは球体全体に広まり、球体自体が青白くなったー。 「おお!」 彼が声を上げた。 「今度こそ、わかったんですか?」 「ああ。 この球体は、使用者の属性を濁りの色で判断する。 青白くなったって事は、君の属性は氷だ」 「氷… 物を凍らせたり、雪を降らせたりできるとかですか?」 「まあそんな感じだろうな。ただしどこまで強力なものが使えるかは、当人の魔力と適正と努力次第だ。 君の場合魔力と素質は十分だから、努力次第でどんな強力な術でも使えるようになるだろうさ」 「努力って…、何をどうすればいいんですか?」 「何度も使い続けてればいいだけだ。 それと術の使い方だが…」 「はい」 「難しいことじゃない。自身の魔力を高めて唱えるだけだ。 術を使える者の魔力が高まると、特定の文章が頭に浮いてくるから、それを唱えるんだ。 やってみろ」 私はよくわからないまま、それとなく左手を目の前にかざした。 すると、なにか不思議な力が体の底から沸いてくるのを感じた。同時に、今まで言った事も聞いたこともない言葉が頭に浮かんできた… 「氷(ひょう)法(ほう) [白(はく)銀河(ぎんが)]」 私の目の前の床一面が、一瞬で雪に覆われた。 手を入れてみると冷たい。床が凍っている。 間違いなく、本物の雪だ。 「すごい…これ、本当に私が…!」 「こりゃすげえ… 初回でこれだけの範囲に術の効果がおよぶとは… やっぱり君は、間違いなくシエラの血を引いてるな」 「どうですか、今の!」 「すげえよ、完璧だ。 普通、初回でここまで広範囲にはできない。 これからも使い続ければ、どんどん上達するだろう」 「わかりました! じゃ、これから自主訓練しますね!」 「ずいぶんと積極的だな。まあいいんだけど、無理はするなよ?術は結構体力と精神力を使うからな」 「はい!気をつけます!」 彼が部屋に戻って行った後、私は自主訓練をすることにした。 (その前に、この雪を片付けないと… どうすればいいのかしら?) 少し考えて、右手をかざして右から左へゆっくりと動かしてみた。 すると、雪は綺麗に消え去った。 (すごい!! 私、雪を出すだけじゃなく、消すこともできるんだ!) それからは、思い浮かぶ限りの術を何度も何度も放った。それくらい嬉しかった。 「起きろ」 「んん…あっ!」 龍神さんに起こされた。 (そうだ、私は術の練習をしてて…) 「興奮してやり過ぎて寝落ちしたか? まあいい、食事は作ってあるから食べよう」 食卓にはご飯とお刺身、それと味噌汁が並んでいた。 「あら、お刺身ですか?」 「お、知ってるのか?」 「もちろんです!私、日本文化も和食も好きなので」 私たちがいるのは、ノワール界という世界。 それとは別に、異人がおらず沢山の人間が暮らす「人間界」という世界があることを数年前に知り、興味を持って以降人間界、特に日本という国の文化や言葉をたくさん調べ、学んだ。 「和食」という独特の食べ物は私の口に合った。 特に私は、新鮮な魚を使った「刺身」というのが大好きだ。レークにいた頃はよく食べていた。 「いただきます」 久しぶりに箸を使い、山葵(わさび)醤油で食べた鮪(まぐろ)の刺身は、本当に美味しかった。 聞けば龍神さんも刺身が好きで、しかも彼は日本出身らしい。 「日本語、話せるのか?」 「日常会話程度なら…」 そんな話をしながら、食事は進んだ。 「ご馳走さまでした… ふふ、久しぶりの和食、とても美味しかったです」 「もしかしてレークの連中って、刺身を日常的に食ってるのか?」 「いいえ。私みたいに好きな人は食べてますけど、普通の人はあまり食べないですね」 「へえ… いつかレークに行く事があったら、食べていきたいもんだな」 「いいですね!いいお店があるので、私がお連れします!」 「はは、そうか。 でも今は、別途でやらなきゃない事がある。それを完了させてからだ」 「わかってます。弓の訓練ですよね」 術の訓練が終わり次第、弓の訓練をつけてもらう。 昨日のうちに話をつけておいたのだ。 「弓の訓練部屋はこっちだ」
/89ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加