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ペレスの酒場
「な…っ…」
ゼガラルは、何が起きたのかわからないという顔で倒れた。
そして、アレイもまた、動揺を隠せずにいた。
「どうした?」
「すごい…胸を撃ち抜いても倒せなかったのに…!」
「そんな驚くことか?首を落とせば、肉体がある奴は大抵やれる。人間だってそうだろ?」
「は、はい…」
アレイは、あっけにとられてまともに喋れないという状態になっていた。
そんな引くような事ではないと思うのだが…。
もしかしたら、俺の感覚が麻痺しているのかもしれない。
まあ、とにかくこれでここでのイベントは終わった。
あとは、次の町へ行くのみだ。
◇
塔を降りる間、ずっとゼガラルの最期が頭から離れなかった。
私は終始奴の気迫に押されて、体を思うように動かせなかった。
正直、もし奴が私に向かってきてたら普通に食らってただろう。
でも、彼は違った。
彼はゼガラルの異様な気迫に全く怯えることなく、冷静だった。
そして、奴の隙を突いて背後に回り、奴を一撃で…。
私が胸を撃ち抜いても倒せなかった高位のゾンビを、容易く葬った。
いや、でも、彼は殺人鬼だ。
長年培ってきた技術、知恵があるのだろう。
それをもってすれば、あのような芸当も…。
あるいは、彼が吸血鬼狩りであるからか。
私は正直、吸血鬼狩りというのがどんなものなのかよく知らない。
でも、恐らくは吸血鬼…というかアンデッドを倒す為の豊富な知識や技を持ち、彼らを倒すのに特化した異人の集団…要はアンデッドを相手にする暗殺組織のようなものだろう。
とすると、殺人鬼である彼が吸血鬼狩りなのにはなんか納得がいく。
人のみならず、生きた屍も殺したいと考えたとか、そういうことだろうか。
町に着くと、龍神さんがラカルが死んだ事を皆に話そうと言い出した。
私は、反対した。
ラカルはこの町の…いや、この大陸の人達の希望だ。
彼らが倒れたと知れ渡れば、人々は想像もつかないほどのショックを受けるだろう。
だから、私は黙っていた方がいいと思った。
けれど、彼は打ち明けた方がいいと言った。
「既に結果として出ている事だ。黙ってても、ろくな事にならないぜ」
「それはまあ…そうかもしれません。でも…!」
「真実を皆に語るのは、真実を知った奴の役目だ。それを知った奴らがどう言おうが、真実は覆りはしない。
現実ってのは、残酷なもんだ」
「…」
私は、それ以上言い返せなかった。
その後、私達はペレスの酒場に行った。
マスターは、若い女性だった。
食事をしながら彼女と話し、ラカル一行が全滅したことを言った。
マスターは驚きつつも、「そうか…」とすんなりと受け入れたようだった。
「驚かないんだな」
「正直、仕方ないと思う。ラカルは強かったけど、あくまで戦士。王典に歯向かうなんて、おおよそ無茶だったんだよ」
「でも、彼の仲間には僧侶もいましたし…」
「僧侶くらいじゃ、到底歯が立たないよ。王典は元殺人者だ、並の異人じゃ話にならない。というかそもそも、吸血鬼狩りですら勝てないのに、普通の下級種族の異人が勝てるわけないよ」
「吸血鬼狩りでも…?」
「そう。あの塔の向こうにはメルトンって町があって、そのすぐ近くにはドーイっていう廃都があるんだけど、王典はそこのどこかにいるって言われてる。
今まで、何人もの吸血鬼狩りが王典に挑んだ。でも、誰一人帰ってはこなかった」
マスターは、無表情でそう言った。
「なんで、何人もの吸血鬼狩りが挑んだってわかるんだ?」
「…」
マスターは黙り込んだ。
そして、改めて口を開いた。
「あんた、命の酒って知ってるかい?」
これの事は、私も聞いたことがある。
「ああ。死者に飲ませれば息を吹き返し、生者が飲めば若返る事ができるっていう魔法酒だよな」
「そう。この町とドーイは、命の酒の件で深い関係にある町だった。ドーイで採れた材料を使って、この町で命の酒を作ってたんだ。
ドーイは殺人者とかがたくさんいる町だったけど、みんな素直で、こっちとも素直に取引してくれてたし、互いにいい印象を抱き合ってた。
でも、ある時王典が現れた。
みんなで立ち向かったけど、歯が立たなかった。
結局、ドーイは壊滅さ。命の酒の材料になる作物は全て枯れた。ドーイは王典に乗っ取られて、生きた死人の町になった。
この町は、滅亡は避けられた。でも、命の酒を作る事は、もう出来なくなった。その時、この町は死んだんだ」
淡々と、でもどこか切なげに喋るマスター。
私は、そんな彼女にある種の違和感を感じた。
「町が、死んだ…?」
「そう。命の酒が作れない以上、この町はもう死んだも同然さ。メルトンでは、ただ、住民の意志と未練から、辛うじて存続してるだけ。
…ま、私みたいなもんだね」
その言葉で、私は違和感の正体に勘づいた。
そして、それとなく言った。
「…もし、王典を倒してくれる人がいたら?」
「そりゃ…いいね。この町が息を吹き返す事はできなくても、活気はつくだろうさ。そうなれば、もう私にも思い残す事はない」
「そう、ですか…」
私は、出されたカクテルを飲んだ。
「王典…か」
龍神さんはグラスを光に透かし、彼もまた、カクテルを飲み干した。
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