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S市民センターにある、市立図書館。2Fキャレル席。階段を上がってすぐ背中側の3番目の席。YAコーナーの前。
あまり広くはない自習席に彼は座っていた。
座ってはいるけれど、すごく背が高いのが分かる。というよりも、脚がものすごく長いのがわかる。机の下で組んでいる脚が窮屈そうだ。チタンフレームの眼鏡をかけていて、少し長めの髪。びっくりするくらいに顔が整っている。シンプルなポロシャツにジーンズにスニーカー。足元に置いたリュックも地味だけれど、清潔感があってその人にぴったりだと思った。
その人は机の上に何か分厚い本とノートパソコンを広げて、じっとその画面を見つめていた。机に肘をついて、無意識だろうか、唇を指でなぞる。その手が大きくて、節が高い長い指がすごく綺麗だ。
思案気な表情も、パソコン画面に向ける真剣な眼差しも、まるで一枚の絵のようで思わず私は見惚れてしまっていた。
「なに。あの子」
ふと、後ろから顰めたような声が聞こえる。
振り向くと、そこには女子高生風の三人組がいた。
「退いてくんないかな」
ちらり。と、スマートフォンがこちらに向いているのが見える。もちろん、私を映そうとしているわけではないだろう。
「うわ。写り込んだ。ありえない」
三人は顔を突き合わせてスマートフォンを覗き込んでから、私に向かってきつい視線を投げかけていた。
「どけよ。ブス」
ああ。と、私は納得した。
彼女らは、彼を見に来ているのだ。本ではなく彼を。
しかも、こそこそと隠して彼の動画? 画像? を撮っているらしい。
もちろん、殆どの図書館がそうであるように、わが、S市立図書館内は撮影が禁止だ。もしかしたら、撮影禁止なのを知らないのだろうか。と、思ってから、そもそも本人の許可なく誰か撮影するのは、盗撮というれっきとした犯罪だと気付いた。
「邪魔。ホント邪魔」
その声は、嫌な響きだった。私を排除したいという思いが言葉に溢れているように感じる。私がその人たちと、イケメンさんの間に立ち止まったのはただの偶然だ。別に彼女らの邪魔をしようとしていたわけではない。しかし、彼女たちにとっては邪魔者以外の何ものでもなかったんだろう。
「あんなぶっさいくな顔でよく生きていられるよね。恥ずかしい」
まあ、私は確かにブス。と、形容されても仕方ない外観的特徴を有してはいるけれど、彼女らも大差はない。朝鏡を見てこなかったんだろうか。
所かまわず、ぺちゃくちゃ。と、汚らしい暴言を撒き散らさないだけ、彼女らよりも私の方がマシだと、私は思う。
「マジ。ウザ。消えろ」
本当に嫌な声。
声は聞こえているし、私が言われているのも分かっているし、そこに鋭利な悪意が籠っているのも分かっている。
けれど、私は言われるままにそこをどく気はもうなくなっていた。言いなりになるのは癪に障る。何故、見ず知らずの相手をここまで悪しざまに言えるような人に媚びないといけないのか。悪い癖だとはわかっているけれど、私は天邪鬼だった。
私は場所を弁えないこういう人種が嫌いだ。
別に芸能人の誰それがカッコいいだの、推せるだの、騒いでいるのはいい。もちろん、その芸能人が隣のクラスの〇〇君に変わったところで文句はない。好きなことに夢中になれるのはいいことだ。私にだって夢中になっているものくらいはある。友達とそれを共有したいと思うのも悪いとは言わない。
ただ、それで、他人に迷惑をかけるのは違う。
図書館は本を読むところだ。
イケメンの追っかけをするところでも、それについて議論するところでもない。やるなら、他所でやってくれ。と、思うのだ。
百歩譲って、せめて静かにイケメン観察しているなら、図書館が混んでいない分には構わない。だから、図書館を真っ当に利用しようとしてる私の邪魔をしないでほしい。
そんなふうに思ってしまうと、もう、簡単にどくなんて思いもよらなかった。
わざわざ、ゆっくりと、館内を見回す。そこにいればあの女子高生軍団からその人が見えにくくなることはもちろん、承知の上だ。いつでも動画? 画像? を撮れるようにスタンバイしている女子高生グループの一人がきつい視線でねめつけてくる。
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