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「図書館は……」
その人は、そこそこ気の弱そうな人だった。と、いうか、気の良さそうな人だった。怒ったところが想像つかないようなにこやかな人だ。だから、きっと、あの女子たちも文句を言えば引くと思ったのだと思う。
けれど、違った。
「本を読むところです」
きっぱり。と、その司書さんは言い切ったのだ。
「ほかの方の迷惑になる方は、利用者さんではないので、ご退席お願いいたします」
ふわり。と、何かが沸き立つように見えた。何だろうと思う間もなく、それは消える。けれど、そんな司書さんを見ているうちに、さっきまでの息苦しさがなくなっていることに私は気付いていた。
「何様!?」
「うるせえよ」
「引っ込め」
正論を突きつけられて、反論できなくなったのか、女子たちが口々にスカスカと意味のない暴言を吐く。その声にさっきまで感じた気持ち悪さはあまり感じない。空気が抜けた風船みたいに悪意が抜けて萎んでしまったように感じる。
「お話はお聞きしますので、静かにお願いします」
ただ、嫌な感じはしなくなったと言っても、うるさいことに変わりはない。司書さんは毅然とした態度を崩さないけれど、ほかの利用者に迷惑が掛かっていることを気にしているようだった。周りを見回して、彼女らに近付こうとしたその時だった。
ばん。
と、何かがぶつかるような、音。
はっとして振り返ると、ちょうど私から見て司書さんや女子たちの反対側。つまり、後ろにいたイケメンさんがが机に置いた分厚い本を閉じたところだった。
その場にいる殆どの人の視線が彼に集中する。けれど、そんなこと、全く彼は気にしていないようだった。まるで、彼には周りには何もないように見える。
「うるさい」
す。と、背中に線が通っているんじゃないかってくらいに姿勢よく立ち上がって、一言。彼が呟く。低くてよく響く声だった。
「集中できない」
それから、はっとするくらいに滑らかな動きでその瞳が女子たちに向く。
明らかに抗議しているのだが、その顔に表情はな殆どない。それなのに、ぞ。っとするような迫力がある。
「あ……え」
その迫力に押されたのか、女子のうちに一人が声を漏らした。それは、あの一番奥にいるきつい言葉を言った子だった。
「……昨日も、一昨日も、そこで話してたけど。迷惑」
無表情な視線に僅かに嫌悪のような敵意のような感情が籠る。
「話すなら。他所で。やって」
ゆっくり。一音節ずつ区切った言葉には抗いがたい響きがあった。
「で……でも。私たち」
三人組のうちの一人がどうにかそれだけ呟いた。震えるような声色だ。怯えているのが分かる。
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