2 何様

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 一度、深々と頭を下げた後、元に戻ったその人の顔を見た瞬間。  私ははっとした。  その目が、少しだけ紫色に光っているように見えたからだ。 「さっき、御加減悪そうでしたけど、大丈夫ですか?」  けれど、私に向かってそう言った彼に瞳は少し色素は薄いけれど、普通の色合いだった。見間違いだったのだろうか。 「え? あ。わ……私。ですか? 大丈夫です。なんとも……ないです」  気分の悪さなんてもう、どこにもなくなっていた。だから、慌ててそう答える。そんな私の体調まで気付いていたなんて、司書という仕事は気を遣うんだな。なんて、心の片隅で思う。ただ、そんなふうに気を使ってくれているのに上手くは返せない。昔から、男の人としゃべるのが苦手だったからだ。 「よかった。あ……それ。その本。続きさっき返って来ましたよ? 読みます?」  私が机の上に置いている本を見て、その人は言った。さっきまで読んでいたラノベのことだ。私がどもっていることなんて気にも留めていない。自然で温かな笑顔だった。 「あ。は……はい。あの。これは。読み終わって……て。次を……借りようと思ってたから」  その人があんまり優しく笑うから、私は下手くそながらももう少し話してみた。 「ありがとうございます。じゃあ、これは返却していいですか? あ。そだ。この作者さんの新しいの、入りましたよ? 今日は……借りられてるから、予約しますか?」  返却してもいいですよ。と、意思表示に借りていた本は司書さんに手渡す。 「これ、面白いですよね? アニメ化されるんでしたっけ?」 「そうなんです」  司書さんの声に、同じ本を面白かったと言ってくれたのが嬉しくて、どもることなく答える。 「楽しみですよね。あ。ちょっと待っててくださいね」  私の答えに、ふふ。と、笑うと、司書さんはカウンターの方に歩き出す。そのとき、僅かにその視線がイケメンさんの方に向いた。  そして、笑う。  ものすごく、優しい笑顔だった。さっきまでも優しかった。けれど、その笑顔は特別に見えた。  そして、その口が、小さく『ありがと』と、動いたのを私は見逃さなかった。 「はい。これ。続きの方」  返却本の処理をしてから、続巻を持ってきてくれたその人は、片手にさっき私が返した本を持っていた。 「貸し出しの時は声かけてくださいね? 何か探している本あったら、遠慮なく声かけてください」  私に続巻を渡すと、その人は小さく頭を下げて、くるり。と、さっきの三人組がいた席の方に向き直った。何をするのかな。と、見ていると、乱れたままになっていた椅子を直して、忘れ物がないか点検しているようだ。  そうして、また、次の人が席を使えるように直してから、彼はその三つの席の向こう側の誰もいない席に私が返したばかりの本を置いたのだ。  それから、その本の表紙を撫でて、小さく何かを呟く。  それは、小さな呟きだったから、私には何を言っているか聞き取れなかった。  そうして、ほんの数秒その席の前に立っていた彼は、顔をあげて、カウンターの方に歩き出した。その瞳がまた、少しだけ紫色。いや、青紫色に淡く光って見える。  カウンターに戻る途中、ふと、私の視線に彼は気付いた。 「あの……あれは?」  思わず、問いかけていた。私が自分から男の人に話しかけるなんて、コンビニのレジの店員にすらしない貴重体験だ。 「……あ。うん。予約席」  敬語を外して、彼は小さな声で答える。 「規則違反だから……内緒にしてくれるかな?」  口元にし。と、するように指を当てて彼は言う。  よくわからないけれど、私は頷く。そうすると、彼はまた、あの優しい笑顔を浮かべてカウンターに帰っていった。  彼が去ったあと、ぽつん。と、ラノベの置かれた席を見る。そこに何かを探すけれど、何も見えたりはしなかった。
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