参上!ただいマン

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参上!ただいマン

 僕が勤める町役場に新設された「すぐやる課」。 「ハイ、ただいま参ります!」  町民から依頼があればすぐに駆けつける課だ。  せっかくできた新しい部署だ。町じゅうにPRしようということになった。 「よし、マスコットキャラクターを作ろう!」  着任した忠岡課長はポスターやチラシを作らず、着ぐるみを発注した。  完成した『ただいマン』のスーツは全身ゴールド。  その派手な衣装はたった一人の課員、今田さんに手渡された。  今田さんは僕と同じ体育会系で二年先輩。  同じ体力自慢で先輩が選ばれたのは、その人あたりの良さを買われたのだろう。  課長に「着てみろ」と言われて、今田先輩はすぐに『ただいマン』に変身した。 「課長、どうですか?」 「いいよ! 似合ってる」  痛々しいやりとりを横目に、僕は安堵した。 「すぐやる課に配属されなくて良かった」  心底そう思った。  『ただいマン』抜きでも課のサービスはすぐに町じゅうに知れ渡った。 「何でもやってくれる」  そんな口コミが広がり、デスクの電話は鳴りっぱなしだ。  ハチの巣退治、町民広場の草刈り、不法投棄された粗大ゴミの撤去。  どんな現場にも『ただいマン』はゴールドに輝く派手なスーツで登場した。 「ただいま参上、ただいマン!」  そして、汗だくで作業を済ませて役場に帰って来るのだ。 「お疲れ様です」  給湯室で冷水を飲んでいる今田先輩に声をかけると、意外な辞令を受けた。 「矢部、九月からこっちな」  人員の補充を依頼したら、人事課から僕を回すと返答があったらしい。 「マジっすか?」  驚いている暇もなく、僕も現場を駆け回る日々に突入した。  正直、やりたくなかった。  日々、雑用ばかり。  単純に高校ラグビーで鍛えた体を見込まれただけだ。 「早くこんな部署、廃止になっちまえ」  毎日そう願った。 「こういうお手伝いもお願いできるんでしょうか?」  ある日、初老の男性が役場を訪れた。  依頼を聞き、今田先輩は金色の全身スーツではなく作業着に着替えた。  僕も急いで着替えて、先輩と一緒に軽トラックに乗り込んだ。  向かった先は古い木造アパート。  長年住んでいた一人暮らしのおばあさんが先日、病院で亡くなったらしい。  初めて受けた遺品整理の依頼だった。  相談に来てくれたのは遠方に住む義理の兄だという。 「必要は物は全部引き上げましたので、残りは処分でお願いします」  そう言い残すと、先に帰ってしまった。  部屋は一階の奥だった。  窓の外はブロック塀のようで、日が射さず室内は薄暗かった。  蛍光灯を点けるときちんと整理された部屋だと分かった。  先輩は玄関を上がる時、両手を合わせた。  天国のおばあさんに「お邪魔します」と挨拶したのだ。  僕もマネをして両手を合わせ、靴を脱いだ。  『ただいまと云う』  玄関を上がってすぐの壁に貼られた紙片に気づいた。  震えるようなボールペンの文字だ。  帰宅した時、忘れないようにと書かれたメモだろう。  ただいまを言っても「おかえり」の返事はない。  だが、その習慣を大事にしていたのだ。 「ただいま」  外出先から帰ってきたおばあさんの声が静かな部屋に響く。  そんなおばあさんの声が、ふと耳の奥で聞こえた気がした。  心にきた。  思いのほか作業は短時間で済み、クリーンセンター経由で役場へ戻った。  軽トラックの中、僕も今田先輩もずっと黙ったままだった。  翌朝。  草刈りの道具を軽トラの荷台に積み込みながら、今田先輩が口を開いた。 「昨日家に帰ってさ、ただいまって言ったら泣けてきた」  先輩も『ただいまと云う』のメモに気づいていたのだ。  奥さんの「おかえり」の声を聞いて、余計に泣けてきたと。 「僕もアパートに帰って一人で言いましたよ」  ただ、「ただいま」と言っただけのこと。  だけど、おばあさんの生きた証だと思った。  人生のバトンを引き継いだ。  そんな気がした。 (了)
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