1 十六歳の夏①

4/5
前へ
/6ページ
次へ
* * * *  食堂の片付けを終えて、休憩のため一度部屋に戻ろうとした時だった。広間のソファに座り、新聞を読んでいる人がいることに気付く。  そのまま素通りをしようとしたが、その人物がタイミング悪く新聞を畳んだため、慌てて頭を下げた。 「おはようございます」  顔を上げた時、相手が先程の男性だということはすぐにわかった。しかし一緒にいた女性の姿は見当たらない。緊張した様子で彼の前を通過しようとした七香だったが、視線を感じて更に心拍数が上がっていくのを感じる。同年代の男子に慣れていても、大学生の男性には免疫がなかったのだ。 「君、アルバイト?」 「えっと……そうです」  そう答えた瞬間、自分に何か不手際があったのではと心配になり、足を止めてドキドキしながら男性の方を振り返る。 「あのっ……な、何かありましたでしょうか……?」 「えっ、別に。去年はいなかったなって思っただけ。あっちのショートの子は毎年いるみたいだけど。中学生?」 「はいっ⁈ 高校生です!」 「あぁ、中学生じゃバイトは無理か」  七香は目を見開き、開いた口が塞がらなくなる。確かに大人っぽいタイプではないかもしれないが、流石に中学生と間違えるには無理があるだろう。 「ちゅ、中学生って……どう見たって高校生じゃないですか!」 「どこが?」 「どこがって……」 「ほら、そうやって答えられないところとか。なんか反応が幼いなと思って。さっきから俺たちのことチラチラ見てたよね」 「見ていません! それに高校生はこんなのが普通です。あなたが大人の女性といるから知らないだけです」 「ふーん、やっぱり見てたんだ」 「違っ……!」  図星だったので否定が出来なかった。というかわかっていて言っているのなら、そっちの方がタチが悪い気がした。 「従業員が客のこと詮索するの、良くないと思うけど」 「し、してません! 妄想しただけです! 何もないのならいいです。ではこれで失礼します!」  そう言い放つと、七香は受付カウンターの奥にある従業員の住居に向かうための扉を開けて外に出た。  なんなの一体ーー七香はイライラし、胃がムカムカしてきた。無愛想だし、失礼だし、少しでもカッコいいと思ったことが悔しかった。  これから三日間、あんな人の接客をしなきゃいけないなんて嫌すぎる。でも働くってそういうこと。ワガママは言っていられない。それでも収まらない怒りを唇を噛み締めて堪えると、自分の部屋まで駆け出した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加