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1 十六歳の夏①
寝返りを打つと、カーテンから差し込む太陽の日差しがちょうど七香の瞼を照らす。あまりの眩しさにタオルケットを頭から被ったが、それと同時にスマホのアラームがけたたましい音を立てて鳴り始め、観念して布団から顔を出した。
すると寝ぼけ眼の七香の目に、二段ベッドの上から梯子を伝って降りてくる足が見えた。その人物は降りるよりも前に体を屈め、七香に笑顔を向けた。
「おはよう、七香ちゃん」
ショートの黒髪がさらりと揺れ、カーテンから差し込む日差しにきらりと輝く。同室の相原奈子は七香より五つ年上の大学四年生で、さっぱりとした女性だが、大きな黒い瞳の奥では何を考えているのかわからないような、魅惑的な女性だった。
叔父の松葉海舟が経営するペンションで、八月に入ってから住み込みでアルバイトを始めて一週間。アルバイトの先輩である奈子に仕事を教えてもらいながら、大変なこともたくさんあるが、それでも人生初めての仕事に励んでいた。
「おはようございます。奈子さん、いつもすぐに起きられてすごいですね。私なんて、危うく二度寝しちゃうところでしたよ」
海舟の友人の子供である奈子は、結婚していない彼にとっては娘に近い存在らしく、昔からよくこのロッジの手伝いをしてきたという。
「最初はそうだよね。少しずつ慣れていくと思うよ。じゃあ朝食の準備が始まる時間だし、そろそろ行こうか」
七香は頷くとベッドから降り、洗面台で顔を洗ってから着替えを済ませる。このロッジの制服である紺色のシャツとベージュのパンツと前掛けを着用す、髪を一つにまとめた。
奈子に続いて部屋を出ると、屋外の渡り廊下を進む。ここは住み込みの従業員用の建物になっていて、ペンションへと繋がっていた。
川のせせらぎに耳を傾けていると、たくさんの木々の中を朝の爽やかな風が吹き抜けていく。七香は大きく息を吸い、ほうっと息を吐いた。今日も一日頑張ろうと、気合いが入る瞬間だった。
「今日も頑張るぞ!」
「うんうん、頑張ろうね」
思い切り背伸びをし、大きな声で宣言すると、中央棟への扉を開けた。
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