降りかかった依頼

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「大丈夫かい?宵闇君」 「吐き気がします。何ですか今のは」 振り返って問うアスベルに、宵闇は額を手で押さえてふらつきながら呻くように返した。  つい先ほどまで街のギルドにいたはずなのだが、足元が光ったかと思えば周りの景色がひっくり返るような感覚に襲われて、浮遊感と同時にこの場所に移動していたのだ。 「空間転移を行う『移動法陣』と言う月の術だよ。 私は便利だからよく使うのだが、慣れないと酔うみたいだね」 アスベルはそう言って苦笑し、ふと付け加える。 「そう言えば、私の弟もこれで移動するのを嫌がっていた」 (そりゃ嫌がるだろうよ) 思いながら、まだふらつく身体を気力で支えて白い男の後ろに付いていく。 僅かに魔術の明かりが灯る暗い通路を歩いた先に、巨大な投影水晶(離れた場所を写し出したり、通信・記録したりできる八面体の結晶)と椅子が置かれた開けた部屋に出た。宵闇が座った所でアスベルが口を開く。 「ところで君は私の弟を知っているかな?」 「噂で聞く程度には」 聞かれた事に疑問を抱きながらも宵闇は頷いた。知っていることを記憶から引っ張り出してくる。 「名前は確かリーク=シルメリス・ディル・セイン。 あなたの父、ヴァストルⅣ世ことグレオール=シルメリス陛下とエレーナ王妃の第二子で、二年半ほど前に貴方から幻将の位を引き継いだ。 術士ではなく剣士で、若いが騎士団には信望者も多いと」 それを聞いてパチパチとアスベルが手を鳴らした。 「うん。合っているよ。 あの子はあまり表に出ていないというのに、民衆の噂と言うものも馬鹿にはできないね」 嬉しそうにそう言った後、「だが」と付け加える。 「今、あの子を幻将と呼んで良いのかは微妙な所でね。 三日ほど前から私が父の補佐をしながら、同時に騎士団の指揮も兼任している」 (そのリークとかって奴に何かあったってことか・・・・・・) 元々妙な形で話を聞く事になったが、どうも嫌な予感がする。 宵闇の険しい顔を見て、アスベルは相変わらず中身の読めない微笑を浮かべたまま、投影水晶を起動させた。 水晶が回転して上方に浮かび上がらせたのは、操作した人間を幾分か幼くしたような人物だ。 「ここまで話せば当然気付いたと思うが、依頼と言うのは我が弟のことでね。 四日前の夜、あの子は王の近衛兵一人を斬り殺して、宝剣を持ったまま城の移動塔でこの島を出て行ってしまったんだ」 さほど憂いている風でもなくアスベルは言う。 嫌な予感が増した。 アスベルが続きを言う前に当たりをつけて問い掛けてみる。 「宝剣を取り戻せ、もしくは弟を連れ戻して来い、ですか?」 返ってきたのは、首を振る否定のサイン。 「感付いているのに、わざと一つ選択肢を省いて尋ねるのは無駄な行為だよ? つまりは消してほしい、と言うことさ」 「っ!無理です!」 宵闇は声を荒げて椅子から立ち上がる。 「確かに傭兵業をしてはいますが、幻将相手は荷が重すぎます!逆に殺されますよ!」 実際に争ったことなどないが、先ほどアスベルが使った月術は本来円をその場で描く等の準備が要るはずだ。移動の出入口もそう長く維持できる術士など見たことがない。  今朝、部屋の入り口に張っていた警戒用の黒線を素通りして寝ている間に拉致された事も含めて、基本的に治癒や補助しか持たない月系術士でこれだ。 物理能力が数倍ある可能性の高い剣士相手に試してみようなどとは微塵も思わない。 「それと調べてるでしょうが、俺にそのテの仕事の経験はゼロです。今後受ける気も一切ありません」 立ち上がったまま睨みつけるような視線を向ける宵闇を見ながら、アスベルはしばし考えるように口元に手をあてる。 「うーん、やはり嫌がるか・・・ 正規の報酬として金二百、いや、その倍くらいは出してもいい。 それとは別に君には騎士団小隊長の椅子を用意しようと思っているのだけれど、どうかな?」 「お断りします」 傭兵は命懸けで次の仕事の保証も無い分名が売れると一回の報酬が大きい職業だが、危険度が高い依頼の報酬でもせいぜい金二十行くかどうかだ。 提示されたのはその十倍。小さな家ぐらいは買えそうな報酬にも、宵闇は身も蓋もなくコンマ一秒で突っぱねる。 「後ろ暗いことがあるほど金積む依頼人が多いんですよ。 俺、そんな立場になりたくありませんし」 言って軽く頭を下げる。 「もちろん、ここで聞いた機密は誓って他言しません。失礼します」 踵を返して少し離れた所にある唯一の扉らしき場所に歩いていく宵闇の背を、アスベルは無言で見つめて緩く首を振った。 宵闇はそのまま進み、取っ手を掴んで開く。 開いた所で固まった。 扉の先には、今居る部屋と全く同じ様な空間が広がり、アスベルとその向こうに見える自分の後ろ姿。 後ろ姿の自分も目の前の扉を開けたまま固まっている。 さながら合わせ鏡のあいだ。無限ループ。 (あり得ねぇ・・・!) 硬直したままの宵闇の頭上にクスクスと笑い声が降ってくる。 軋んだ音が鳴りそうな動作で斜め上を向くと、いつの間に現れたのか、楽しそうに笑う少年が宙に浮かんでいた。 「アスベルさんも人が悪いよね~。『受けるって言わないと帰さない』って、最初から言えばいいのにさ?」 言いながらひとしきり笑った後、驚く宵闇に向かって「はろぅ☆傭兵さん♪」とふざけた様子で手を振る。 齢十五にも届かないであろう背格好。金髪に碧色の大きな瞳、色街に居ても違和感のないぐらいの美少年だが、赤に金縁の派手なピエロ服が印象を激変させていた。 一言で言うなら・・変。 (いやそれより、コイツ今とんでもねぇこと言わなかったか?) 冷や汗が背中を伝う。 こうなる可能性も予想しなかった訳ではない。 だがバークオルドをきちんと通しての依頼と言うこともあり、まさか幻将を消して来いなんて内容だとは思っていなかった。 いざとなれば逃げる程度なら可能かとも考えていた。 「俺一人引き止めるためにここまで大それた事やるか?普通」 辛うじて営業用だった口調が完全に素に戻る。 もう立場など知るかと言った状態だ。 「分かってくれて嬉しいよ。手間をかけた甲斐があった」 宵闇が諦めたのを確認し、アスベルは笑みを深めて座るよう促した。 「あんたのタチの悪さはよくわかったよ」 低く呟いてさっきまで座っていた所に再び腰を下ろす。 浮いていた少年もアスベルに近づき、着地した。 「では、続きを話すとしようか」 何事もなかったかの様にアスベルはそう言うと、横に立ったピエロ服の少年へ視線を向ける。 「私も君一人に任せるのは少々心もとなくてね。 助っ人を彼に頼んだんだ」 「子どもじゃねーか。あんたの部下か何かか?」 「失礼だね。見た目で判断しないでほしいな~」 不遜な態度を隠そうともしなくなった宵闇の言葉に少年が頬をふくらませる。 その様子はどこからどう見ても子どものそれだ。 アスベルは苦笑して首を振る。 「部下に出来れば有能なんだろうけどね。 彼の名前はフィレット=ルーン。聞いた事はないかい?有名人のはずだけど」 「・・・フィレット? 姿が違うけど・・・まさかあの?」 宵闇は目を疑う。 出された名前の人物は確かに有名だ。隣の島・徒人の国では知らない者はいないし、この島の情報屋が売っている冊子に刷られた銀板写真でも見た事がある。 だが、どうにも目の前の人物と似ても似つかないのだ。血縁だと言われれば納得できる程度には印象が近いものの、知識にあるより軽く十以上は若すぎる。 宵闇の様子に、少年は面白がるように近づく。 「普段はちょっとした方法で年上に見せてるしそれらしく振る舞ってるだけ。その方が色々と便利だからさ。 ずっとそうなのは疲れるから、解ける時は解いてる」 言いながら無邪気に笑って勝手に宵闇の右手を握る。 「初めましてだね。僕がその徒人の島の幻将さ。 少し訳があって今回の件に関わることになったんだ。 よろしくね」 まだ半信半疑だが、相手が嘘をつく様な理由が見あたらない。 宵闇は何とも言えず、無言で手を握り返した。
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