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「いまいましい・・・」
あの時の事を思い出すたびに出てくるのはそんな言葉だ。
結局、拒否し続ければ本気で幽閉されかねないと観念し、渋々アスベルの依頼を受けたわけだが・・・建物を出る前にきっちり釘を刺されてしまった。
「分かっていると思うが、逃げようとは考えないことだね。
名目上私が個人で動いている形にしているが、今回の件はもちろん国王陛下も承認されている。
処刑・暗殺・賞金首の三択が嫌なら成功させることだ」
にっこり笑ってそういった顔が未だに寒気と共に記憶に焼き付いている。
(悪魔かあいつはっ!)
権力と力を持ち合わせていて、尚且つ使う方面を選ばない奴ほどタチの悪いものはない。
「あのガキも妙な奴だしな・・・」
「何か言った~?」
「何でもねぇよ」
自分の少し前を歩くピエロ姿の少年に、宵闇は苦虫を数匹噛み潰したような顔でぶっきらぼうに返す。
因みに今二人がいるのはフェルガリアの南東にある港街リベラ。
あの後、ギルドへ一度戻る間もなくフェルガリアを出る事になり、移動塔(アスベルが個人で使った『移動法陣』をもっと安全に一般人でも使えるようにした施設)でこの街に着いた頃には夜になっていた。
建物の中から時折聞こえる話し声と波の音だけしかしない。
「あった。アレだね」
フィレットが視線を向けた先には、海に面した1軒の小屋。
中に入ると、わずかな明かりの中で海に浮かんでいる船室付きにしてはかなり小さい船が目に留まった。
船室の扉が開いて中から人が現れる。
「久しぶりだね~セリシア。それの準備はもう出来てる?」
少年の親しげな言葉に、船の番をしていたらしいアッシュブロンドをポニーテールにした背の高い若い女性が頷いた。
身の丈近くもある大剣を背負っている。
「なぁ、まさかとは思うがこの人も幻将か?」
小声でフィレットに尋ねる宵闇に、女性の方が「違います」と即答する。
「あなたが宵闇殿ですね?
お待ちしておりました。自分はセリシア=クルト・ワーズメルと申します。
我が主アスベル様より、お二方を無事にフェルグランドへと送り届けるようにと仰せつかりました」
抑揚のない平坦な声で言うと軽く会釈し、「どうぞこちらへ」と渡し板を進み船室の扉を開けた。
リークとやらの行方は意外とあっさり見つかった。
探した当人である標的の兄曰く、「弟の持っている剣が特殊なので見つけやすい」らしい。
判ったのは、第二翼島とも呼ばれている東の島・フェルグランドに逃げたらしいと言うこと。
その後の行方はまだ不明。
入国の身分証は持っているが、フィレットは検問を通ったりすると立場上自由に動けなく可能性があるし、「幻将が逃げた」などと言う事は口が裂けても言えない。
術で侵入するのはフェルグランドの衛師に見つかる可能性が高く、かと言ってくぐり抜ける用意を色々としている時間もない。加えて夜は国と国を繋ぐ移動塔が動いていない。
かくて一刻も早く動けて見つかりにくい、元々探査回避の術を施してある秘蔵の船で向かうことになった訳だが・・
「これって密入国だろ。犯罪じゃねーか」
宵闇の口から重いため息が洩れる。
自分が善人のつもりは全く無いが、一国の重役が率先してこんな事を行うのを見ると嫌な気分だ。
「その上、これから人一人殺しに行けなんて言われてんだからなぁ・・・」
「早く乗りなよ、宵闇。何か忘れ物でもしたの?
それとも今さら逃げたくなった?」。
「ずっと逃げてぇっての逃げれればな!
乗ればいーんだろうが、乗れば!」
船室の入口から顔を出して急かす少年に、悪態を付きながら近づく。
日中は水面に微かに霧がかかって色の変化する綺麗な海も、日が落ちた今は黒々と広がっている。
(今の俺の気分そのものだな)
そんな事を考えながら、宵闇は船に乗り込んだ。
航行ルートを管理をするアスベルの部下らしいセリシアと言う女性と、フィレットと宵闇。静かに進む小型の船には三人だけだった。
リベラからフェルグランドの岸まで五時間。
体力の温存の為に船室の椅子で眠る宵闇を見ながら、セリシアがフィレットへ近づく。
「ルーン様」
「セリシアはいつも堅苦しいね。個人で動いてる時ぐらいは肩こりたくないんだけどなぁ。
で、何?」
苦笑するフィレットに、セリシアは「すみません」と頭を下げた後、疑う様な目を宵闇に向けつつ尋ねる。
「主から大体はお聞きしましたが、この男が本当にあの?」
続きを言おうとした口に少年の人差し指が近づけられる。
「間違いないよ。何でなのかは僕も分からないけど。
だからリークを追うのは宵闇じゃなきゃ駄目なんだ。
ま、ちょっとした希望かな。
僕の封印破いて持ち去られたアレも、見つかるかもしれないしね」
そう言ってフィレットは頬杖をつき、窓の外に大きく見え始めたフェルグランドの大地へと目を向けた。
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