幻将

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幻将

「お二方とも、ご武運を」 そんな堅苦しい言葉に送られて、早二時間。 昇り始めた日の光が降り注ぐ中、宵闇は山登りをする羽目になっていた。 しかも道の作られていない足場の悪い坂を、狼や大鷲と言った、人食い系の獣に襲われながらだ。 いくら体力にそれなりの自信があっても、キツいものはキツい。 「てかお前手伝えよ!俺ばっかり獣の相手してねぇか?」 幾度目かの撃退の後、たまりかねて宵闇は木の上に向かって怒鳴る。 枝に腰掛けて足をぶらぶらさせていたフィレットは、「気のせい気のせい♪」と悪戯っぽく笑いながら着地し先へと歩きだした。 「ふざけんな。リークとか言う奴に会う前に俺が倒れてもいいってのかよ? まぁ、お前が本当にあのフィレット=ルーンなら一人でも出来るかもしれねーけどな」 宵闇は会ってから一度も、まだ少年が『武力の象徴』らしい所を見ていない。 確か公の情報だとフィレットは徒人と言う、術も使えず体も頑強でない種族。その中で例外的に攻撃が主である星系術を使いこなせる為、数年かの島の頂点に立ち続けている。 だが術を扱ったり空を飛んだり出来る事など翼種なら「当たり前」だ。宵闇自身は三年半前の大怪我で翼を失っていて飛べないが。 アスベルやセリシアがそれらしく接していたために今までさほど疑問も持たなかったのだが、獣が近づくと木の上に登って退治を宵闇任せでサボり放題しているのだから、疑いたくもなる。 フィレットの足が止まる。 「人を偽者呼ばわりするのはひどいと思うな~」 宵闇の意図を知ってか知らずか、振り返った少年は少しムッとした様子で右手に赤い光を灯していた。 「?」 一瞬の後赤い光は光線と化して、ジュッと音を立てて起き上がろうとしていた獣の額に命中して貫通する。 「!!」 さらに倒れかけた身体を、氷の槍数本が近くの木に張りつけた。 「!!!」 どちらの術も宵闇の左右をかすめて獣に向かったが、宵闇は回避どころか線を出すことすらできていない。 (詠唱もなしに真逆の力を一瞬で使いやがった) 自分の軽率な言動に今さら冷や汗が出る。 「わかった、俺が悪かった」 「疑いが晴れたみたいで嬉しいよ」 引きつった顔で両手を肩辺りまで上げて降参のポーズを取る宵闇に、少年は屈託なく笑うと、くるんと背を向けてまた歩き始めた。 「だからって今さら態度変えて敬語とか使わなくてもいいからね? そーゆーの大嫌いだから」 「・・・・・・」 「言い訳じゃないんだけどさ」 無言で付いてきた宵闇に少年が歩く速度を落として話しかける。 横顔に、少しだけ真面目な色が入っていた。 「さっきまでリークを探してたんだ。 アスベルさんの連絡だと、この山の麓で行方を読めなくなったらしいからね」 「だったらまだここにいるとは限らねぇんじゃねーか? これだけ歩いて『いませんでした』はごめんだぜ?」 まだ見つけていなさげな様子のフィレットに、宵闇は念を押す。 実際には会いたい訳ではないのだが、そうするとずっとこの仕事が終わらないということになる。 これはこれで冗談ではない。 フィレットから返ってきたのは否定。 「いるはずだよ。正確にはこの一帯だけが調べにくくなってるんだ。 特殊な力場が出来ちゃっててね。 僕のはともかく、アスベルさんの『探査』をかき回すぐらい嫌なのが」 「おかげでちょっと苦労してるんだ~」と、少年はため息を吐く。 「その原因が、あの人がここに来る理由ってワケさ」 「理由?」 力場がどうのは分からないし別に嫌な感じもしないが、言われてみれば山奥に進んでいるにも関わらず、何故か獣が減って来ているような気がする。 「僕もよく知らないんだけどね、あの人の持ってる剣に関係あるんだって。 この山にも似た物があるらしくて、多分それが僕の『探知』を攪乱させてる」 ああ、と宵闇は思い至る。 「そう言やあの旦那も宝剣がどうとか言ってたな。 でも多少何かヤバイ術が掛かってても、剣だろ? 術士のお前らなら何とかなるんじゃねーのか?」 「何とかならない」 術は基本的に詠唱を必要とする分リーチが長く範囲が広い。そんな宵闇の気楽思考をフィレットがバッサリ訂正した。 「建物に火を付けたりするんじゃない限り、いくら術でも個人を狙うなら相手を見れる場所にまで近寄る必要があるんだ。 でもあの人相手だと、見える所は愚か、気付かれた時点でアウトなのさ」  「正直やりあいたくないんだよねー」と、苦笑いを浮かべるフィレットを見ながら、宵闇の胸中に暗澹たる気分が増す。 「気付かれた時点でって・・・」 (どんな化け物なんだよ) 聞いてはいけない事を聞いてしまった気がした。 「それ、俺もアウトだろうが。勝てる訳ねぇぞ」 「頑張って!剣の向きに気を付ければ何とかなるかもね」 「応援されても困る!!」 「あと、希望があるとすれば・・・」 思わず声を荒げる宵闇をよそに、何かを言い掛けた少年の言葉が途切れる。 突如目の前の森が開け、代わりに飛び込んで来たのは石造りの四角い遺跡の様なものと、その入り口周辺に広がったおびただしい赤茶色だった。 ご丁寧に赤の意味を教えんばかりに服の切れ端の様なものが混じっている。 傭兵業で流血事にも耐性はあるが、それでも吐き気を覚えるぐらい精神衛生に悪い光景だった。 「おい、あれ」 「宵闇!!」 突如少年が叫び声を上げる。咄嗟に反応して飛び下がった宵闇の、一瞬前までいた場所に何も無い所から鋼のキリが降って来た。 「術かよ!」 続いて斜め上空から飛んできたキリも何とか黒線で弾き飛ばす。 『我有するは魔、我属するは星、我求めるは土、我創るは壁・・ウォール!!』 弾き飛ばしたキリが地面に落ちるより速く場所を移動し、防壁を3重に具現したフィレットの後ろに回り込む。 刹那。 側の木々の間を縫って飛び出して来た影が防壁に接触し、いくつものガラスを一気に割ったような凄まじい音が響いた。 「・・っく!!」 壁を貫通して迫る刃をフィレットは腕に纏わせた光の環で弾く。 その衝撃のままに身体をずらして飛び下がり、更に風を発生させて剣の間合いの十倍以上の距離を取る。 すぐに胸の前で腕を交差させて再び魔術を構成するための詠唱を開始。 「この野郎!」 宵闇が両手から生み出した二十近い黒線が襲撃者に襲いかかるが、白銀の刃に弾かれる。 背後から迫った線も白い影がことごとく躱した所で、ようやくお互い動きが止まった。 「ようやく会えたな、殺人鬼さんよ。喜ぶべきなのかどうかは微妙だけどな」 宵闇は内心の焦りを見せないよう、わざと強気に話しかける。 無視されるかと思いきや、意外と返事が返ってきた。 「あの男やそこの道化の部下ではなさそうだな。 雇われた追っ手と言うところか」 男性にしてはやや高めの声の出所近く、銀環でまとめられた白銀の髪が靡く。 切れ長の目に収まった翡翠の瞳が真っ直ぐに宵闇を見据えた。 「今のは警告のつもりで仕掛けた。今すぐ去らねば、次は容赦はしない」
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