事件現場

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「コイツめ!」  ディレクターが懐からサバイバルナイフを出し熊に向けた。 「山の番組をやっていればこんな事日常茶飯事だ」  強がってはいるが実戦経験はないらしく、足も手も震えている。これじゃあ熊を逆上させて尚更危険だ。 「やめて! タマは大人しくていい子なんだよ!」  荒熊くんが叫んだ。 「タマ、また食料を持ってきてくれたんだね。いつもありがとう」  荒熊くんが呼ぶと熊はのそりのそりと鉄格子に向かって行った。その手には木の実や川魚が握られていた。熊は鉄格子の隙間からそれらを荒熊くんに差し出した。 「タマは僕の命の恩人なんだ。タマがいなきゃ僕はとっくに餓死してた」  荒熊くんは細い手を鉄格子から出し、熊の喉を撫でた。気持ち良さそうに熊は目を細めた。 「ドラマだ、現実は小説より奇なり!」  地下の座敷牢に閉じ込められた少年。頼みの綱の両親は熊に襲われ10年前に亡くなってしまった。あとは死を待つのみ。そんな少年を助けたのは熊だった。熊は食料を携え少年の元へ通った。そのお陰で少年は生き長らえる事ができた。そして10年の年月を経て、少年は救出される……。 「これはスクープですね!」 「来た甲斐があっただろ?」 「はい。さすがディレクター、嗅覚が違います!」 「だろ?」  ディレクターは得意満面な顔付きでカメラを回した。まさか山の中にこんなドラマが潜んでいたなんて。  僕とディレクターはひとしきり撮影を終えると車に飛び乗り街へ向かった。警察署に今見た事を話し救助を要請した。これで救助シーンも撮影できる、そう期待していた。
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