村人

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村人

「すみません、地元の方ですか?」 「そうだけど……えー、何? 撮ってるの?」 「はい、東京のテレビです」 「えー! やだ、今日化粧してないのよ」  慌てて首に巻いていたタオルで顔を覆う60過ぎと思われるお婆さん。 「山の中の一軒家という番組なんですが」 「え! 毎週観てるわよ〜」  タオルで口元を隠しながらもお婆さんは興味ありげに身を乗り出した。   「ありがとうございます。それでちょっと伺いたい事がありまして」 「はい」 「この写真の家を探してるんです」  僕は写真をお婆さんに見せた。すると一瞬でお婆さんの顔が曇った。 「これは、荒熊さんの家……」 「ご存知ですか? これからこの家に伺おうと思ってるんですが」 「あそこは……誰も住んでいない」 「そうなんですか?」 「そのはずだ」 「じゃあ今は空き家なんですね」 「あそこには近づくな」 「……そうですか。お忙しい所ありがとうございました」  お婆さんは振り向きもせず畑へ戻って行った。 「というわけです。帰りましょう」 「行くぞ」 「え? だって誰も住んでいないって」 「ともいっていた」 「でも……」 「疑わしきは疑えだ。出せ」  渋々車を出した。バックミラーにお婆さんの姿が映っている。無表情で、しかし厳しい目をして車を見送っていた。  しばらく行くと小さな商店があった。 「ジュース買ってこい」 「え? はい」  店の前に車を停め僕は降りた。ディレクターはカメラを回している。これは聞き込みをしろという事だろう。 「こんにちは……ハッ!」  店に入るとお爺さんが入口で仁王立ちしていた。シワに埋もれた目が僕を睨みつけている。
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