18人が本棚に入れています
本棚に追加
ヒルロースの苦悩
「ねぇ、何でそんなとこにいるの?」
その日は引っ込み思案の俺を心配してくれて母が歳の近い年代の子供達を集め誕生日パーティーを開いてくれた。
そうして開いてくれたパーティーだったが、人前に出るのがやっぱり恥ずかしくて、公爵家の庭園で使用人や従者には見つからないように膝を抱えて隠れていた。
「君、今日の主人公だよね?こんな所にいたら怒られるんじゃないの?」
そう言った彼は茶髪に緑眼の何処にでもいそうな平凡な男の子だった。
瞳が緑なのと、服装がきっちりとした正装だったので、母が呼んだ何処かの貴族だってことだけはわかった。
僕の顔を見ると彼はニコッと笑って手を差し出して
「僕と向こうで遊ぼうよ、ね?」
と言って俺の手を引っ張った。
「僕、アンブローズ、君は?」
屈託なく笑って話しかけて来る彼の笑顔が素敵で見惚れていると、もう一度声をかけられた。
「聞いてる?名前は?」
「ヒルロース…」
「そーいえば母様がそんな名前言ってたっけ?」
口元に人差し指を当てて考えるふりをした後にまた笑って
「いい名前だね、うん、僕の好きな響きだよ」
ほら早く、と手を引いて子供達の輪の中につれていかれた。
彼は周りの子供達と親しげに話しては笑い、俺のことも無視せず会話を振ってくれたりして、いつの間にか皆んなと仲良く遊んでいた。
アンブローズに後で元々皆んなとは友達なの?って聞いたら
「え?初めてだよ?みんないい子達で良かったね〜」
なんて言うからびっくりしたのを覚えている。
アンブローズは出会った時から不思議な奴だった。
両親や兄達は超がつくほどの美形揃いで、髪の色も銀髪だ。
本人は1人だけ茶髪で、顔の作りも平凡、たぶん庶民の中にいても埋もれて見分けがつかないと思う、それくらい普通だったりする。
ただ、瞳の色だけは貴族でしかない緑眼なので、ファブロス侯爵家の一員だと言うことはわかる。
出会ったあのパーティーでも直ぐに周りと同化して、本人が突出して表には出ず周囲を和やかにしたり、家の両親や使用人達、果ては商人やお忍びで出かけた街の人々にも親しく話しかけ、出会った人達全てを魅了していく。
とにかく老若男女問わず人気、それがアンブローズだった。
屋敷が近かったと言うのもあるが、あのパーティー以降俺とアンブローズはお互いの屋敷を行き来し、仲を深めていった。
ある日、いつも飄々としたアンブローズが気落ちしたような顔して屋敷を訪れた。
どうした?と聞くと”婚約が決まった”なんて言うから、俺は複雑な気持ちで”相手は誰?”なんて聞いた。
元気だけが取り柄、と言っても過言じゃない彼がより一層落ち込んでいるからだ。
そしてポツリと言ったのが驚きの人だった。
「アンドリュー第一王子…」
その人の名を知らない人はいない、順調にいけば、この国の時期国王となる人だ。
貴族としては名誉と言ってもいいその婚約。
俺は正直喜べなかった。
そう、もうその時には両親にアンブローズへの婚約を打診していたから。
それなのに、先を越されたばかりか、公爵家の俺でさえ勝てない相手となると、諦めるしかない。
「女腹だと言っても婚約なんてもっと先だと思ってたのに…」
庭園のガゼボに設えたベンチに2人して無言で何時間もそこに座り込んでいた。
俺は元々寡黙だし、今まではアンブローズが話の主導権を握ってくれていたので、彼が黙ると会話のきっかけがないままだった。
「まぁ、仕方ないよね!貴族だもん、政略結婚なんて当たり前!ヒルロース見たら元気になったし!そうだ、ヒルロースん家の領地に池あったじゃない?それ乗りに行こう!気晴らしに、ね?」
「そう…だな、行こうか!」
そう言って侍従のハンスに声をかけて、小舟の用意をしてもらった。
そこであの事件が起こったんだ。
きっかけは俺が
”これから王妃教育が始まるからあまりあえなくなるな、寂しくなるよ”
これからは独り占めできなくなる、そう思うと悲しくなった、だからそう言ったのがいけなかった。
「なんで?友達でしょ?僕が婚約しても何も変わらないよ!」
急に立ち上がって俺に言い募ってきた。
なんだか急に腹が立って
「無理だろ?王妃教育って難しいって母様から聞いたもん、もう遊べなくなるよ…」
と俺も立ち上がった。
急に2人が立ち上がったもんだから、小さな小舟は弧を描き、アンブローズを池の中へと落としてしまう。
「アンブローズ!!」
俺の声を聞き取った従者や使用人達が慌てて、池の中に入り、アンブローズを助け上げた、けど、それから俺の部屋へと運んで彼は三日三晩うなされ起き上がらなかった。
彼の両親や兄弟達は、引き取ると煩かったけど、国で最高の医師を呼ぶと、彼の母親と長兄がここに常駐し、様子見の許しを得た。
俺は目覚めない彼の手を涙ながらに握りしめ、何でもいいから彼を目覚めさせてくれ、と日頃信仰心のかけらもないのに心を込めて祈った。
すると3日後、目覚めたアンブローズは俺の泣き腫らした顔を見てニコッと笑い、頭を撫でて、よくやった!そう言ってベットの上に仁王立ちになり腰に手を当てて
「何としてもでも阻止せねば!!」
と力強く自信で何かを悟ったかのように決意していた。
元々、人たらしみたいな所があったアンブローズだが、この日を境に益々人たらしの才を発揮していく。
またある日彼の屋敷に呼ばれた俺は太いノートを見せられてここに書いてあるのは物語りじゃなく、これから未来で実際に起こることで、彼はその未来を知っている転生者だと言われた。
その時ははいはい、と流して聞いていたが、その後屋敷に遊びにいくと商人と神妙に話をしているアンブローズがいて、お前もこっちに来いと言われたので、その輪の中に入って話を聞いていたけど、俺にはちんぷんかんぷんで直ぐにその場を追い出された。
そして何日かしてアンブローズと商人が開発したと言う商品が庶民の間で大流行し、その後も次々と商品を開発しては大儲けしていた。
その商品は前世で使われていたものをこっちの世界用に改良したものだ、とまた転生者である事を俺に見せつけていた。
それと同時進行で、第一王子である、アンドリュー王子と茶会で初めて会うが、アンドリュー王子はアンブローズを見た途端落胆の様子を見せたが、さすが王子、幼いながらもそんなアンブローズをちゃんとエスコートしていた。
後でアンブローズは『僕の平凡さが気に入らなかったんだろーな』なんて他人事のように語っていたけど、俺にすれば、お前には勿体無いよ、アンブローズは、なんて思ってしまった、不敬罪になるから決して口には出さないが。
アンドリュー王子に会った時、少しずつだが、アンブローズが転生者だと思い始めていたので、こいつが庶民に横恋慕してアンブローズを断罪するのか、コロス。と心の中で誓った。
俺は婚約者にはなれなかったが、絶対俺が最後まで味方でいると決めている、なのにアンブローズは『そのうちお前も主人公に心奪われて俺を目の敵にするようになるよ、物語の強制力だから仕方ない。』と俺を悪者にする。
絶対そんなことにはならない、大丈夫だ、と言っても信じてくれない。
『ならとりあえず今だけでも僕の味方でいてよ、お前が離れていくのは結構辛いから』
アンブローズは辛そうな顔をしたが、直ぐにまたいつもの彼に戻った。
クヨクヨしても仕方ない。
とにかく断罪だけは避けたい。
なんて言うんだ。
どうしてもっとオレを信用してくれない。
この事があってから、俺はアンブローズを守れる力が欲しいと思うようになった。
自分にも領地経営の勉強があったが、それは殆どもう頭に入っている。
だから父のコネで騎士団見習いという名目で訓練に参加させてもらえるようにした。
幼い頃から剣術は先生に教えてもらっていたが、実践で通用する剣の使い方を知りたかった、アンブローズを守るためにも。
意外と俺は剣術と相性が良さそうで、騎士団の団員からは
学園を卒業したら騎士団に入れと示唆されるほどだった。
これなら守れるかもしれない。
大事な人を…アンブローズを…
その日は丁度騎士団の訓練に出かけていて先輩騎士から教えを乞うていた所だった。
急に現れた魔法鳥が耳元で
「作戦会議だ、鍛錬が終わったら僕ん家に集合」
と囁き、フッと消えていった。
「家で何かあったのか?」
「いえ、大丈夫です、続きお願いします」
鍛錬を怠っては強くなれない。
今直ぐ行ってやりたいが、そうもいかない。
「そうか、なら手加減はしないぞ」
「望むところです」
強くなるんだ、握った剣に想いを込めて…。
疲れた身体に鞭打って馬に乗り、訓練所を飛び出した。
呼ばれた理由はもうなんとなくわかっている。
学園からの入学許可証だ。
アンブローズの話が本当なら、学園に入学したその日から物語は始まるはすだ。
この何年かコンコンと叩き込まれたストーリーが頭をよぎる。
主人公は街の貧民街の出身で、通っていた教会の教師からの推薦で成績優秀者として学園の入学を許可される。
学園の殆どが、貴族や、金銭的に裕福な豪商などの子息たちばかりなので、庶民で、しかも貧民街出身の子供など前代未聞である。
入学式の日、講堂の場所が分からず、迷っている所に攻略対象者の生徒会長がやってきて、懇切丁寧に場所を教えてやる、すると満面の笑みを携えた彼に一目惚れをする。
そして講堂に向かった主人公は出会い頭に第一王子とぶつかって尻餅をついてしまう、 それを助け上げたのが、騎士団長の息子で、その可憐な笑顔に仄かな淡い恋心をゆらしてしまう。
やっと辿り着いた講堂でどの席に着いて良いのか分からず迷っている所に生徒会長副会長に伴われ、クラスの座席につく事ができた。
入学式が終わりクラスに向かった主人公は貴族の悪戯で違う校舎に連れて行かれ、もう使われていない教室に閉じ込められてしまう、が、教師に頼まれてこの教室の隣の部屋に荷物を取りに来た俺に助けてもらう。
出会いの冒頭はこんな感じだ。
ここから全ての攻略対象者と言われる人物達が主人公の愛を手に入れようと画策が始まるらしい。
そして第一王子の婚約者であるアンブローズは彼を奪われまいとして主人公をいじめ、学園から追い出そうする、そこに断罪劇が繰り広げられる…物語、なのだが、何で俺がこんな顔も知らない奴を好きになる?
アンブローズがいじめ?俺ら以外のことはわからないが、そんなことあり得ないだろう?
だってあのアンブローズだぞ?人たらしでお人よしで貴族なのに庶民を愛してる、あのアンブローズがそんなことをするなんてありえない。
本人は『強制力がどこまで働くかわかんないから、今から準備しておくんだ』と何事もないように言っていた。
そんな事を考えていたらアンブローズの屋敷に到着して、部屋の中に今いる訳だが…。
どうなってんだよ、これ!!
俺が?
アンブローズといちゃいちゃしても…ごほん。
いちゃいちゃするだって!?
美味しい…もとい、嬉しすぎるだろ、おい!!
顔がにやけ過ぎてアンブローズの顔が見れない。
頭を抱えたふりして喜びが溢れかえってくる。
すると頭を叩かれ、顔を上に向かされたと思ったらなんと、アンブローズがキ…キ…キスなんてしてきやがって、
「なんだ?お前これくらいで、はぁ、さては”キス”初めてだな」
だと???
お前は誰かとした事があるのか!?
問い詰めたい所だが、今は自分のことでいっぱいいっぱいだから、とりあえずは不問にしてやる!
そして彼は俺にこう言った。
「さぁ、今日から『いちゃいちゃ作戦』決行する、お前は僕と出かける時はエスコートしろ!腰を寄せ、喋る時は耳元で話す」
「あのなぁ、お前はアンドリュー王子の婚約者だぞ?俺がそんな事してみろ、不敬罪ですぐ牢屋行きになるだろ」
「だ…だから、それはそーならないように秘め事的に隠れていちゃいちゃする、って設定!」
「なんだよそれ、そんなの直ぐに見破られるに決まってんだろ」
なんて言いながら、こんな役得が得られるなら不敬罪でも何でもなってやる!
入学式の当日、メイドに声をかけ、自分を磨いてくれとお願いした。
すると何処からやってきたのか、10人ほどのメイドが腕を捲り上げ散々こねくり回されたが出来上がった自分の姿を鏡で見て良い仕上がり過ぎてびっくりした。
後でメイドには巷で流行りの菓子でも買ってこよう、俺をここまで格好良くしてくれたご褒美だ。
俺も腐っても公爵家嫡男、見てくれと肩書きはバッチリのはず!
父に頼んで家紋入りの馬車も用意させたと自分を奮い立たせた。
最初のコメントを投稿しよう!