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第一章 お見合い相手は自社の社長⁉
「一生のお願い! 私の代わりにお見合いして!」
彼女は顔の前で両手を合わせ、平身低頭しながら無茶なお願いを口にした。
栗色のウェーブがかかったボブに、奥二重の知的な瞳。
才色兼備でおまけに令嬢。絵に描いたような完璧な彼女の名前は、東雲 有紗。私の幼馴染で親友である。
一方の私はというと、徹夜明けの大きな隈を眼鏡で隠し、もう三ヶ月以上美容院に行っていないので伸びきった髪を一本に結び、よれよれのTシャツにジーパンというありさまだ。
もちろん令嬢でもなければお金持ちでもない。美貌も金もなにもないつまらない女である。
ちなみに名前は田中 芳実。名前まで平凡だ。
「いやいや、私じゃ有紗の代わりなんて務まらないって」
有紗とは、中学校から大学まで一緒だったという濃い縁だ。どんくさくて、人付き合いも苦手な私は、よくイジメの対象になったが、そのたびに有紗が守ってくれた。
一生返せないほどの恩は感じているが、人にはできることとできないことがある。今回の場合は間違いなく後者だ。
「いいえ、これはあんたにしかできない仕事よ。私のことならなんでも知っているでしょう。質問されても的確に答えられるのはあんただけよ!」
まあ、たしかに有紗のことならなんでも知っている。むしろ有紗よりも覚えているかもしれない。たとえば、歴代の彼氏の名前とか。有紗は終わった恋はすぐに忘れるから。
「でも、顔が全然違うでしょう」
「先方は私の顔まで知らないはずよ! ……たぶん」
いや、たぶんってなに⁉
そんなあやふやな情報で、身代わりお見合いなんて大役務めたくないけど⁉
一気に青ざめた私の顔を見て、有紗が慌てて笑顔で繕う。
「大丈夫よ、大丈夫! 責任は全て私が持つから。芳実はただにこやかに笑って、ご飯を食べていればいいの。余計なことはなにも言わず、聞かれたことだけに答えて、そして会食が終われば解散! どう? 簡単でしょ?」
「えぇ~」
「これが無事に終わったら、なんでも好きなもの奢ってあげる。だから一生のお願い! 私の代わりにお見合いして!」
顔の前で両手を合わせ、有紗は低姿勢で熱のこもったお願いをしてきた。
プライドの高い彼女がここまでするには理由がある。
売れない漫画家の彼氏にお見合いが露見したからだ。もちろん有紗はお見合いなんてしたくない。でも彼女は家柄の良い、生粋のお嬢様だ。
世間では二十六歳なんてまだ結婚に焦るような年齢でもないが、有紗の家族はそうはいかない。
東雲といえば、全国にお店を持つ老舗の和菓子店だ。明治期は政府の要職に就く親族もいたらしく、天皇家御用達の銘菓を手掛けている。大学時代からすでにお見合いの話はいくつか来ていた。今までは一応家族の顔を立てて、お見合いに出たりしていたそうだが、今回ばかりは彼氏に知られてしまった。
かといって、もう出席を断ることもできない。そこで、身代わりお見合いが必要になったというわけだ。
彼氏は有紗の家の事情も知っているけれど、どうしても有紗がお見合いに出るのが嫌らしい。
まあ、気持ちはなんとなくわかる。わかるけど……。
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