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「でも私、こんな格好だし……」
いきなり有紗から呼び出されたので、こんな展開になるとは思ってもみなかった。
体の良い断り文句を言ったはずが、有紗は待っていましたとばかりに、得意気な笑みを浮かべた。
「大丈夫、手配は済んでいるわ」
そして有紗に手を引っ張られて、ホテルのロビーから、更衣室へと案内された。
(え⁉ 私、一言も承諾するような言葉なんて言っていないのに!)
更衣室には立派な赤の振袖が置いてあり、ご丁寧に着付け担当の人まで待機している。
奥にはメイクルームもあって、準備は抜かりなく行われていた。
あれよ、あれよという間に振袖に着替えさせられ、有紗はそれをご満悦な顔で眺めている。
「ねえ! 私が嫌だって言ったらどうする気だったの⁉」
私の問いに、有紗は当然といった面持ちで返事をする。
「芳実ならやってくれると思ったわ」
(やられた)
お互いにお互いを知り尽くしている。こうなったら有紗は、私が嫌だと言っても断行するし、そもそも私は有紗の頼みを断れない。
(有紗のためなら仕方ないか)
私は渋々腹をくくることにした。
酷い恰好だった私は、プロの手によって自分でも驚くほどの変貌を遂げた。
仕事柄、化粧はほとんどしないので、化粧をするとここまで変わるものかとただただ驚くばかりだ。
私の支度中、部屋の外で待っていた有紗が戻って来ると、有紗も感心したように私の顔を眺めた。
「これは……、相手に一目惚れされたら厄介だわね」
「それはないでしょう」
「う~ん、まあここまできたらもうしょうがないわ。余計なことは喋らない。いい、わかった?」
「もちろん。黙々と懐石料理を食べて退散するわ」
実をいうと、お腹が背中にくっつきそうなくらい空腹だった。徹夜明けに有紗からの呼び出しがあったので、なにも食べていない。
更衣室を出ると、有紗の彼氏が落ち着かない様子で、扉の前を行ったり来たりしていた。
寝起きのような乱れた髪に度が強い眼鏡。皺のあるシャツに、大きすぎて緩んでいるズボン。なんだか親近感を覚える。私と似ているのだ。
有紗は昔からこういう地味で変わり者が大好きだ。サッカー部のエースとか、エリート会社員とか、優秀な集団に属しているような男は眼中にない。
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