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「悠斗! 心配して来てくれたの⁉」
有紗は悠斗君に駆け寄り、嬉しそうに腕を絡ませた。
「うん、原稿の締め切りがあったけど、早めに終わらせてきた。ごめん、俺が不甲斐ないばっかりに。俺が有紗の家族に認められるほど稼げていればお見合いなんて話は来なかったのに」
「ううん、悠斗は悪くないの。私が家族を説得できなかったのがいけないの」
「有紗のせいじゃない。いつか、絶対売れて、有紗を幸せにするから」
「悠斗……」
二人は見つめ合い、まるでこの世界には二人しか存在しないかのように、愛の世界に没入している。
(なにを見せられているのだろう)
遠い目をしながら立っていると、悠斗君は私にようやく気がついた。
「芳実……ちゃん? 驚いた、モデルさんかと思ったよ」
「私も芳実が化粧をしている姿なんて見たことなかったから驚いちゃった。私より綺麗になっちゃうなんて」
「バカだな、有紗の方が可愛いよ」
「やだ、悠斗ったら」
再び遠い目になる私。このバカップルをどうにかしてくれ。
「ごめんね、芳実ちゃん、こんなこと頼んじゃって。俺がもっと器の大きい男だったら……」
「違うの! 悪いのは私! 悠斗は自分を責めないで!」
「ああ、もういいから。パパっと行って、ご飯だけ食べてササっと帰ってくるから!」
また目の前で甘い戯れを見せられたらたまったものじゃない。
「ごめんね、芳実」
「いいって、親友の頼みだもん」
「芳実!」
有紗は勢いよく私に抱きついてきた。
まったくもう、調子がいいなぁ。でも、令嬢も大変だなと思う。自由恋愛が難しいなんて、私には考えられない世界だ。そもそも、恋愛したことないけれど。
「で、どこに行けばいいの?」
有紗はホテルの奥にある日本庭園で囲まれた数寄屋造りの料亭に案内した。
有紗が受付で名前を言うと、わざわざ女将が出てきた。お見合い相手は、もう席に着いて待っているらしい。
「相手は一人で来ているのよね? 仲人さんとかはいないよね?」
個室に向かいながら有紗に聞くと、
「もちろん。私はお見合い写真を撮っていないから、相手は私の顔を知らないはずよ。私も相手の顔は知らないし」
「相手の名前は?」
「えぇ~と、誰だっけ。不動産関係の御曹司だったと思う」
「名前くらいちゃんと覚えておいてよ!」
「大丈夫よ、最初に名乗るでしょう」
(本当にいいかげんだな)
話していたら、あっという間に個室の前に着いてしまった。襖で閉められた扉の前に立つ。
有紗と悠斗君とはここでお別れだ。二人からガッツポーズをされ、頷いて返事をする。
「お客様、お連れ様がいらっしゃいました」
女将が部屋の中に向かって声を投げかけると、
「はい、どうぞ」
と男の人の声がした。
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