1212人が本棚に入れています
本棚に追加
息が詰まるような緊張感に襲われ、深呼吸をすると、女将が襖を開けた。
そこには、上質なブラックのスーツに身を包み、座布団の上に座っている眉目秀麗な男の人がいた。艶やかな黒い髪を横に流し、端正な鼻梁の線が顔立ちの美しさを際立たせている。はっきりとした二重瞼に固く閉じた薄い唇。座っていてもわかるほど身長は高そうなのに、顔は驚くほど小さい。黙っていても溢れ出る色気は、唯一無二の輝きを放っている。
こんな綺麗な男性はこの世に二人といないだろう。
つまり、この人は……。目の前に座っている、このお見合い相手の男性は……。
「ちょっと一回、閉めてもらっていいですか?」
「え?」
女将は不審そうな目で私を見ながらも、言われた通りに襖を閉めた。
襖がしっかり閉じたことを確認した私は、脱兎のごとく来た道を走りだした。
有紗と悠斗君が腕を組んで楽しそうに笑いながら、店を出ようとしている所を見つけて声を張り上げる。
「あ~り~さ~!」
突然後方から怒りの含んだ声で呼び止められた有紗は、驚いて振り返った。
「え⁉ 芳実? なんで?」
「なんでじゃないわよ! どういうことよ!」
「は? なに? なんで怒っているの?」
「なんでお見合い相手がうちの社長なのよ!」
「ええ⁉」
有紗は心から驚いた声を出した。演技をしているようにはまったく見えない。
「ちょっと待って。芳実の会社って製薬会社よね?」
「そう! その社長が座っていたの!」
「ええ、でも私、不動産関連の御曹司って聞いていたのに……」
不動産関連。たしかにうちの会社は、製薬会社だけれど、たしか親会社は不動産関連だった気が。そもそも親会社が大きすぎて、どの事業をやっているかまでは全て把握していない。
そして社長は、親会社の息子だ。
「有紗、お見合い相手の名前、確認してくれない?」
「う、うん、わかった」
有紗も顔が真っ青になっている。私と悠斗君から離れて、急いで実家に電話する有紗。なにやら深刻そうに話し込んでいる。
しばらく待っていると、電話を終えた有紗が肩を落として消沈した顔を浮かべて帰ってきた。
「今日のお見合い相手、藤堂寺 貴富さんらしい……」
有紗はとても言いにくそうに呟いた。
最初のコメントを投稿しよう!