第七章 イケメン完璧社長の奇行

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「田中さん、体調はもう平気なのか?」  社長から田中さんと呼ばれると、とても違和感がある。田中が本当の名前なのだけれど、ありふれたメジャーな名字なので特別感がない。  有紗の方が可愛らしい響きだ。でも、私は有紗じゃない。  そう、私は、なんの変哲もないただの田中だ。 「はい、もうすっかり良くなりました。昨日はありがとうございました。ところで、どうして社長はここに?」  私の言葉に社長は満面の笑顔を見せた。おお、朝から神々しい。 「それは良かった。仕事でたまたまここにきたのだ。奇遇だな、これも縁だろうから一緒に会社に行こう」 (朝からなにもない道路に仕事でたまたま?) 頭にはてなマークが浮かんだけれど、社長が奇遇だなと言うから、奇遇なのだろう。  わざわざ社長が、私に嘘を言う必要はない。  肩を並べて歩き出す。いつも歩いている出勤のルートを、好きな人と共に歩くというのは胸がくすぐったくなる。嬉しいような気恥しいような不思議な感覚だ。 「少し肌寒くなってきましたね」  と私が言うと、 「ああ、でもこれくらいの気温の方が過ごしやすいな」  なんて他愛のない会話を交わす。  ただ会社に向かって歩いているだけなのに、ちょっとしたデート気分だ。  会社の正門に着いたので、「それでは私はこれで」と言って、本館とは別ルートの研究棟に行こうとすると、なぜか社長もついてきた。 「昨日はクリーンルームの視察があまりできなかったから、今日も行こうと思う」 「なるほど、そうですか」  特に疑問も持たず、社長と一緒に研究棟に入ると、みんなが予想外の組み合わせに驚いて振り返った。  そこで一旦社長と離れ、タブレットに搭載された勤怠管理アプリを起動していると、主任が忍者のように音も立てずにすり足で寄って来た。 「体調は大丈夫なのか?」 「はい、ぐっすり寝たら治りました」  主任は少し呆れたような眼差しを向ける。顔には『ゲームで体調崩すなよ』と書いてある。 「それより、どうして社長と一緒に来た?」 「たまたま一緒になったのですよ。一緒に会社に行きましょうって言われたので」 主任は不思議そうな顔をして考え込んだ。
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