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「うん、間違いなくうちの社長だね。てことで、私は帰らせていただきます」
お店を出ようとすると、強い力で勢いよく手を掴まれた。有紗は首を小さく横に振りながら、必死の形相で私を見つめた。
「有紗、さすがにこれは無理」
「相手が藤堂寺家なら、なおさらこのお見合いは白紙にできないの」
「じゃあ、なおさら身代わりなんてやめた方が……」
「ダメ! お願い芳実! 相手は社長でしょ⁉ 社長と話したことある⁉」
「ないけど……」
「じゃあ、大丈夫。一社員の顔なんて覚えているわけないし、それに今の芳実を見たら、知り合いでも芳実だって気付けないわ!」
「でも……」
困っていると、悠斗君も深いお辞儀をして懇願してきた。
「芳実さん、俺からもお願いします! こんな失礼なことをお願いして最低な男だってことはわかっています。でも、俺はどうしても有紗がお見合いの席に着くことは耐えられない。しかも相手は、財閥の御曹司です。もう想像しただけで、胸がはちきれそうだ。有紗がお見合いに出るなら、俺は身を引く」
「え、それって……」
有紗は顔面蒼白になり、唇がわなないた。みるみるうちに目が潤んでいく。
「わぁかった! わかったから! 別れるとか言わないで! やるから、私、身代わりお見合いするから!」
目の前で親友が傷つく姿なんて見たくない。もうこうなりゃヤケだ! 身代わりだろうが、なんだろうがやってやる!
「芳実……あり、ありがどう~」
有紗は泣きながら私に抱きついてきた。泣き声で、ありがとうが、ありが〝ど〟うになっている。
横を見たら悠斗君も感極まっている。なんだ、このカップル。
仕方ない、頑張ろう。私は気合を入れて、社長がいる部屋に戻った。
再び女将に襖を開けてもらい、あまり顔を見られないように下を向きながら、しずしずと中に入った。
社長と対面する形で座布団に座る。立派な黒塗りのテーブルには、目に鮮やかな懐石料理が並んでいる。
ものすごくお腹が空いているはずなのに、食欲が湧いてこない。緊張と冷や汗でどうにかなってしまいそうだった。
「遅れてしまい、申し訳ありません」
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