第九章 親友と好きな人が結婚することになりました。

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 感情だけで突っ走れない。理論が大事だ。自分が納得し突き進むための指針がないと歩き出せない。 「社長は、結果が出ない可能性のある研究についてどう思いますか?」 「え、研究?」  いきなり研究の話になったので、社長は戸惑っていた。無理もない、私もこの流れで仕事の話が出たら困惑する。  でも、私の中では繋がっていた。研究は、自分が予想していたような結果が出ないことも多い。もしも予想とは正反対の結果が出て、それがなんの意味もなさないものだとしたら、それまでにかけた時間も労力もお金も全て無駄になる。  だからある程度予想が立つ無難な研究を選ぶ。でも、本当に世の中のためになる偉大な研究は、そのリスクを背負わないと生み出されない。  全てを失う覚悟で研究に投資して、職を失った人を知っている。研究は学問だけれど、ある意味で夢を追う仕事でもある。  成功しなければ、その結果負うデメリットは相当なものなのだ。  私にとって、社長の申し出はそれくらいメリットとデメリットが大きいものだった。  社長との結婚を選ばなければ、私は今のまま普通に暮らしていける。それも悪くない。今の生活に大きな不満などなかったのだから。  でも、踏み出したい気持ちもあるのだ。大好きな社長との間に子どもを作って結婚する。順番は逆だけれど、得られる幸せは一緒だ。  でもその幸せがずっと続く保証はないし、これからどんな困難が待っているかわからない。最悪、シングルマザーになる可能性だってある。  これは賭けだ。人生を懸けたギャンブルだ。 「俺は、やる価値があると思う研究は、どんなリスクがあろうともやり遂げる。この会社だってそうだ。経営が傾いていた製薬会社を買収したが、勝算があったわけじゃない。むしろ周りからはだいぶ止められた。けっこうな私財を投入したが、それだけでは足りず、お金を借りている。失敗したら大変なことになる可能性があったが、反対を押し切って断行した。それだけの価値がこの会社にあると思ったからだ。もしも失敗したとしても後悔しない自信があった」  社長の真っ直ぐな瞳からは、強い信念のようなものが感じられた。  いきなり変なことを聞いたのに、真剣に答えてくれる誠実性に、胸がときめく。社長のことがさらに好きになった。 「そして、社長は成功させましたもんね。本当に凄いと思います」
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