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「申し訳ありませんが、電話を一本だけかけてきてもよろしいでしょうか? ちょっと仕事で……」
「ああ、もちろん大丈夫です」
社長に承諾を得て、急いで部屋の外へ行き有紗に電話をかけた。
『芳実、どうしたの? まさか、もう気づかれたとか?』
『ううん、それは大丈夫。それより先方から断ってもらった。最初から断るつもりだったって』
『え~! 本当⁉ 良かった~。うちの親になんて言おうかとドキドキしていたの。断ってくれたなら有り難い。もう大丈夫ね、じゃあ、会食もせずに終わるかんじ?』
『社長はもう帰るかもしれないけど、もったいないから私は食べてから帰ろうかな』
テーブルに並べられた色鮮やかな懐石料理を思い出し、安心したらお腹が急に空いてきた。
『そう、わかった。今日は本当にありがとう。私はこれから久しぶりに悠斗とデートする予定。いつも締め切りに追われてゆっくりできなかったからね』
『そっか、お幸せに』
『うふふ、芳実、本当にありがとうね』
『今度美味しいものご馳走してもらうから』
『ええ、任せなさい』
電話を切って、肩の荷をおろす。
社長には全然気づかれていないようだし、お見合いも断ってもらったし、これで一件落着。
まあ、そもそも社長は私の顔なんて知らないだろうしね。
知っているのは私だけ。遠くからずっと見ていた。
社長は私にとって憧れの人。恋というか、推しに近いような遠くからこっそり眺めているだけで幸せな気持ちになれる存在だ。
個室に戻ると、社長も肩の荷がおりたのか、私の顔を見て自然に笑顔を浮かべたので、私も笑顔を返す。
最初は重苦しい空気だったけれど、すっかり和やかな雰囲気だ。
「仕事、大丈夫ですか?」
「はい、もう解決しました」
「そうですか、良かった。お見合いではなくなりましたが、せっかくなので一緒に食事しませんか?」
「はい、もったいないので私一人でも平らげてから帰るつもりでした」
私の言葉に社長は笑いを吹き出した。
ああ、目の前であの社長が笑っている、尊い。
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