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恫喝
「家賃は折半するっていう約束だろうがあぁッ ! !」
こう恫喝したのは私ではなく桜井さんだった。なぜか彼は私のセリフを奪ってしまうのだ。
『今月こそは家賃を払ってもらおう』と祈るような思いで、「家賃のことなんだけど……」と話を切り出すと、彼は瞬時にカバ顔を不機嫌に歪める。
「え、なんだよ?」
「家賃を払って」
「またその話か! いい加減にしろー ! !」と怒鳴る。
「何度言っても払ってくれないから言ってるの」と事実を説明してもブチ切れる。
テーブルを両手でバンバン叩き、両手で掴んで前後に揺さぶって大きな音を立てて威嚇しながら、「おーれーはーやーちーんーをーはーらーってーるーッ ! !」とご近所中に聞こえる大声でわめき散らす。
「大声出さないで。大きな音たてないで。近所迷惑だから」と言っても聞かない。
自分のわがままが通るまで泣きわめき続ける幼児と同じだ。「これ以上他人に迷惑をかけてほしくないなら、このおもちゃを買え! 買わないなら買うまで泣きわめき続けてやるからな!」と脅迫しているのと同じである。
「家賃は私が全額負担し続けてるのよ?」と事実を説明しても、「だから四万渡してるだろ!」と逆切れする。
「だからあの四万円は全部生活費に消えてるの。だけど生活費は四万だけじゃ全然足りないの。だから不足分の生活費は毎月私が負担してるのよ?」と事実を説明しても、「『家賃は折半する』っていう約束だろうがあぁッ ! !」となんの反論にもなってない頓珍漢な事を言ってなぜか私を恫喝するのだ。
私は彼から恫喝される筋合いなどない。『家賃は折半する』という約束を彼が一度も履行しないから履行するように頼んでいるのは、この私のほうなのだから。そのセリフを言って良いのは私だけなのだ。彼にはこのセリフを言う権利など一切ないのである。
「桜井さんが家に入れる四万円は生活費に全部消えてるの。だから家賃には一円も回ってないの。そして生活費は四万円だけじゃ全然足りないの。だから私が払ってるの。そして家賃の八万円は、私が全額負担してるの」と事実を説明しても理解しようとしない。
「おーれーはーやーちーんーをーはーらーってーるーーッ ! !」
「あの四万円が家賃だとするなら、桜井さんは生活費を一円も払ったことがないのよ」
「おーれーはーせーーかーつーひーをーはーらーってーるーーッ ! !」
「あの四万円が生活費だとするなら、桜井さんは家賃を一円も払ったことがないのよ」
「おーれーはーやーちーんーをーはーらーってーるーーッ ! !」と大暴れして吠える。
「あの四万円は家賃なの? それとも生活費?」
「両方だ!」
「内訳は? 家賃はいくらで生活費はいくら?」
「家賃は四万、生活費は四万」
「合わせて何万?」
「八万」
「違う。四万しか家に入れてないでしょ?」
「え?」
「毎月給料日に家に入れる一万札は何枚?」
「四枚」
「四万円よね?」
「うん」
「四万円の内訳は? 家賃にいくらで生活費にいくら? 合わせて四万円になるように答えて」
「家賃に四万、生活費に四万」
「合わせていくら?」
「八万」
「おかしいわね?」
「何が?」
「本当に家賃に四万、生活費に四万払ってるなら、一万円札は八枚家に入れてるはずよね?」
「あれー?」
「あの四万が家賃なら、生活費を払ってないの。あの四万が生活費なら、家賃を払ってないの。だって四万しか家に入れてないんだから」
「え? あれー??」
「実際には毎月家に入れる四万円は全部生活費に消えてるのよ。家賃は全額私が払ってるの。だから『家賃を払って』って言ってるの」
「じゃあ、俺が損するじゃん!」
「何も損じゃないわよ。私は生活費を二万以上負担してるのよ」
「生活費は俺が払ってるだろ!」
「月に四万だけね。私は家賃も合わせて毎月十万以上負担してるのよ?」
「あれ……?」
「だから家賃を払って」
「おーれーはーやーちーんーをーはーらーってーるーーッ ! !」
なぜか振り出しに戻ってしまう。そしてこれが毎月くり返されるのだ。気が狂いそうだった。
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