変なクセ

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変なクセ

 見栄っ張りな夫は高級ブランド品を欲しがる。新年会で会社の先輩から「このボトル、ストレートで半分呑んだら、この()()()()()(高級腕時計)を五万で売ってやるよ」と言われて呑み、翌日血を吐いた。アルコール度数の高いウイスキーを割らずに呑んだため、喉だか食道だか胃から出血したのだ。  病院に行くように言っても、「絶対大丈夫だから!」と病院に行かなかった。何がなんでも病院には絶対に行きたくないから、なんの根拠もなく「絶対大丈夫!」と言い張って病院に行く事から逃げる。歯医者から逃げる幼児と同じである。  実際、婚姻期間中に夫は歯医者から逃げるために毎週、「歯医者に行って来た」と大嘘をついて何カ月間も私を騙し続けたのだ。ただの一度も行ってなかったにもかかわらず。このように夫は大嘘つきだったのである。  吐血と五万で手に入れた中古トレックスはサイズが合わずブカブカ。みっともないからサイズ直しに出すように言っても聞かない。『俺はトレックスを身に着けている!』という事だけですっかり有頂天。  二十代前半の若造がトレックスなんか着けても全然似合わない。しかもブカブカだからカッコイイどころかむしろダサダサ。中高生が父親の腕時計を持ち出して、学校で見せびらかして粋がっているような借り物感しか感じられない。  どんなにサイズ直しに出すように言ってもその費用を惜しむ。そこはケチってはいけない費用なのに、大事な事がまるでわかってない。かなりみっともないことになっているとは夢にも思わず、『これで俺は一流の男!』と自己陶酔するのみ。  そして()()()トレックスを着けた左手の拳を挙げ、激しく手首を回転させるという奇妙な仕草を頻繁にするようになった。こうするとスーツのジャケットの袖とシャツの袖が下に下がってトレックスがむき出しになる。そしてブカブカのトレックスがカチャカチャカチャッ!と音を立てるのだ。  この奇妙な動作でまず周囲から不審な目で見られる。そしてカチャカチャ(おん)で周囲を不快にさせる。最後にサイズの合わない(まさに二重の意味で身の丈に合わない)腕時計を身に着けている事がばれて大恥を晒す。 「恥ずかしいからやめて」と言っても「別に?(何も恥ずかしくないけど?)」と()()()すまし顔で気取っているばかりで、決してやめようとはしなかった。  夫は必死で平静を装ってはいるが、小鼻がパンパンにふくらんでいるので得意になっているのが丸わかりなのだ。なぜ大恥をかいているにもかかわらず得意になれるのか意味不明だった。
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