結婚式

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 結局、夫が私に気づくこともなく約束を果たすこともないまま結婚式開始となってしまった。パイプオルガンが鳴り響く中、私は一人でバージンロードを歩く。『この大嘘つきの役立たず!』と怒り心頭で。  花嫁である私が夫の横に到着すると、パイプオルガンが鳴り止む。静かな式場に、私の持つブーケのカスミソウのカサカサいう音だけが響いていた。怒りのあまり手が震えていただけなのだが、友人たちは私が感涙にむせんでいると勘違いし、涙もろい陽子はもらい泣きしたらしい。これは後から聞いた話だが。  ピンクの薔薇とカスミソウのブーケを持つ手が怒りでブルブルと震えている状態で、誓いの言葉を言わなければならなかった。怒鳴りつけてやりたいのを必死にこらえながら永遠の愛を誓うという葛藤状態なのだから、感動も何もない。むしろ拷問だ。  さらに酷いことに、私は結婚指輪を薬指にはめてもらえなかった。夫が一度も指輪交換の練習に応じなかったせいだ。ぶっつけ本番、夫は指輪を私の薬指の関節に通す事ができずモタモタしていた。いつまでもいつまでもモタモタした挙げ句、無責任にも指輪をはめることを途中放棄してしまったのだ。  おかげで私は公衆の面前で、自分で自分の指に結婚指輪をはめるという羞恥プレイをさせられた。私は夫によってみじめな花嫁にされてしまったのである。  指輪交換をしないのなら、結婚指輪を買う必要などなかったのだ。指輪交換をしないのなら、結婚式を挙げる必要などなかった。私はいらない物を買わされ、いらない式を挙げさせられた挙げ句に、いらない大恥をかかされたのである。  もっと酷いことに、私は誓いのキスもしてもらえなかったのだ。夫は私のウェディングベールを上げて私と目が合うと、金縛りにあったようにガチーン!と固まってしまった。誓って言うが、私はメデューサではない。メデューサとはギリシャ神話に登場する、見た者を石に変えてしまう怪物で髪の毛が蛇。  夫は極度の緊張状態に陥ってしまい、私の顔をいつまでも馬鹿みたいにみつめたままなのだ。夫の瞳孔は散大し、爛々と光っている。緊張と同時に極度の興奮状態にも陥っているようだ。  結局、夫はいつまでも固まったままで誓いのキスをしないので、聖職者(チャプレン)はとうとう見切りをつけ、次の式次第に進んでしまった。 「本番では絶対ビシッと決めてやるからな!」  結婚式の予行演習(リハーサル)後、夫が私に言い放った負け惜しみは、ただのハッタリに過ぎなかったのだ。負け犬は、本番でもやっぱり負け犬だったからだ。  人の少ない予行演習(リハーサル)のときですら誓いのキスができなかったのだから、より人の多い当日にできるわけがない。私は夫によって哀れな花嫁にされてしまったのである。  指輪の交換もしない、誓いのキスもしない、そんな結婚式ならわざわざ挙げる必要などなかったのだ。
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