「方向音痴は黙ってろ!」(特徴9、2)

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 彼は私の言葉を無視する。格下認定している私には、素直に従いたくないからだ。 「くだらない意地張ってたって辿り着けなきゃしょうがないでしょ? 遅くなったら旅館の人に迷惑がかかるから。次を左」  彼がようやく私のナビに従ったので旅館に辿り着けたが、時刻はもう十時。  旅館スタッフにお詫びを言ってあたふたと夕食。  本来は一、二時間かけて食べるはずのご馳走を味わうこともなく、ほとんど嚙まずに次々に呑み下して胃袋に納めた。  一刻も早く食べ終えなければ、旅館スタッフにご迷惑だからだ。会話している暇も、ゆっくり味わう暇もなかった。  大浴場の入浴時間は過ぎてしまって入れず(じま)い。惨めな気持ちで寝床に入ったが、満腹で大満足した彼はすぐにのうのうと高イビキ。  私や旅館のスタッフにどんなに迷惑をかけても平気の平左(へいざ)なのだ。恐るべき無責任さである。  私はこんな夫が情けなくて恥ずかしくて惨めで、とうとう一睡もできなかった。
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