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二次会
結婚式の主役は誰か? 一人だけ頭に思い浮かべていただきたい。
なぜか夫には、この簡単なクイズの正解がわからず、二次会でも盛大にやらかしてくれたのである。
子どもの頃からゴマメの味噌っかすで、普段から誰からも注目されたことなどない夫は注目を浴びて舞い上がり、興奮状態に陥った。そしてみんなを笑わせて主役になろうと目論み、虚言を用いて主役である花嫁の私を笑い者にしようとして失敗。
水を打ったような静けさの中で『ほらみんな、俺の笑いにつられて笑え!』とばかりに狂ったように大笑いしてみせるが、誰一人笑わず大失敗。私は夫がワインで酔っ払ってしまったのかと思ったが違った。
彼は乾杯用のグラスワインをたった一口しか呑んでなかった。夫は私をしのぐ鋼の肝臓の持ち主で酒に強い。だからこの時彼は、まったくの素面だったのだ。それでもワイングラスは取り上げておいたが。
妻の名誉は積極的に毀損するのだが、自分の名誉だけは守りたいらしく、夫は私を笑い者にしようとして大失敗した自分の名誉を回復しようと更に虚言を並べ立て私を笑い者にしようとしてまた失敗。誰一人笑わないので焦り、笑ってごまかそうと真っ赤な顔で狂ったように笑い続ける。
当然、誰一人笑わない。結婚式の二次会で主役である花嫁をあざ笑う者などいないのだが、夫にはそんな常識以前のことがわからない。
夫は一人で笑い転げ、
「あぁ、おかしー!」
と涙を拭っている。
「ちょっと、学クン?」
と黙らせようとしても、
「なあーんだよ!」
となぜか勝ち誇ったような挑戦的な態度。
彼はなんら勝ってはいないし、むしろ大恥をかいているのだが、主役の座を奪われたくなくて私と張り合っているのだ。主役の座を奪われるも何も、結婚式の主役は花嫁である私なのだが、彼にはそれがわからない。
――物の道理をわきまえていないのか?――
当時はそう思ったのだが違った。
それでも夫は懲りずに虚言を用いて不幸な花嫁を笑い者にしようとしてまたもや失敗し、静寂の中で『ほらみんな、俺の笑いにつられて笑え!』とばかりに狂笑してまた大失敗。
どんなに大失敗をくり返しても夫は、「二次会で花嫁をあざ笑う者などいない」と学習することができず、二次会終了時刻までしつこく延々とホラ話をくり広げた。
彼は誰一人笑う者がいないシュールな狂言芝居を、まったくの素面で演じ切ったのだ。
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